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ほどけて〈2〉
「あ、ここ反応してる」
下着の上から膨らみを指ですっとなぞられ、びくりと体を震わせる。襟足に息を感じ.
すぐにその場所で唇がちゅっと小さな音を立てた。
まったくこの人は…今ここでこれ以上煽ってどうする。そんなつもりもないくせに。
「好きな人に触られまくったら気持ちよくなるのは当然の反応ですよ。少しは自覚してください」
振り向いた勢いのまま貝瀬の膝の上に跨り、わざと欲望に騒つく腰を押し当ててやる。首元にゆるりと手をまわし、やたら大きく響く胸の鼓動が伝わらないよう軽薄な視線を投げかけ挑発する。
それ以外にじっとりと重たい腰を紛らわせる方法が思いつかない。もういっその事押し倒されて、今すぐここで抱かれたい。
貝瀬は怯んだ様子など全く見せない。色気のある厚めの唇に笑みを漂わせ、むしろ触りやすくなって良かったと言わんばかりにすかさずシャツの裾から手を滑り込ませた。
さっきまでのするするとした軽やかな手つきとは全く違う。欲を持った男の手を感じ、肌は体内にじっとりした快感を伝えるのを止めない。貝瀬の指先は熱を求めるように肌を這い回り、体を侵食していく。ねっとりと脇腹に手が伝い、心まで絡め捕るほどなまめかしさで胸までさすり上げられる。
「はぁっ…あっ…」
行き場のないため息が漏れた。触るという以上の行為をするつもりはないくせに、欲望ばかりを掻き起こすからたちが悪い。意地悪に報復するため、ゆっくりと腰を擦りつけるように揺らして快感を与えられていることを知らせてやる。
「おまえなぁ…、店閉めたくなるだろ」
「貝瀬さんが…触るからでしょ。俺、知りませんよ、お客さん来ても。どうせ放り出すなら、今離してください…」
「無理だな。こんな手触りのいいもの離せない」
首筋に濡れた唇が落ちてきた。脈打つ場所をたっぷりとした唾液で濡らしながらちゅうと吸い付く。貝瀬の唇は手よりもずっと荒々しくて愛欲を隠さない。
「んっ……」
わずかに顔を離し、貝瀬の手と唇ですっかり浮かされている渉の顔を間近でじっと見ている。濡れた唇はすぐそこにある。
「ほんとタチ悪い」
恍惚に濡れているだろう目で見返して、小さく呟いてやった。
「どうしよう。すごい好きだ」
人の話を全く聞いていない。
「『俺の体が』でしょう」
「なんかその言い方違う意味に聞こえるな…。拗ねるなよ。好きだよ、渉」
唇の表面で軽い音を立てたのち、色気のある男の顔が離れていった。なだめるための『好き』だと分かっていても、はっきり言われて悪い気はしない。でもこんな風に好意を適度にわかりやすく示すのは十三も年上の大人のやり方だと感じる。
大人気なく人の躰を触りまくるくせに…。
渉に付き合おうと言ってきたのは貝瀬だ。この男が好きでもない同性とわざわざ付き合うタイプではないことはすぐにわかる。でもそれ以上に渉の肌の触り心地に執心しているように思えてしまう。
直接的に聞いてみたら『俺の最重要事項を最大限に満たしてるんだからいいことじゃないか』とあっさり返された。
渉の牽制など言葉遊びの一環として流され、今は体の中心に線を引くように薬指を下へ向かって伝わせている。見つけたばかりのお気に入りの場所を存分に味わいたいらしく、腰元に指をぺたりとつけ這わせ始める。その手のすぐそばで兆しているのは知っているはずなのに。
「はっ…んっ……」
思わず吐き出す息に音を混じらせた。どうしようもなく欲は溶け出し、腰が震える。こんなの生殺しに等しい。
「いい加減意地悪は…やめてください」
「俺の方が思うがままにされてるよ。いい年して、仕事中でも触りたくて我慢できない、とかな」
「嘘つき。…いつでも俺を放り出せるようにしてるくせに」
付き合い始めて、貝瀬が一番にしたことは店の扉によく響くベルをつけることだった。ドアノブをひねっただけでそれはちりんと良い音を立てる。『これでいつでも手が出せる』と、どこまで冗談なのかわからない調子で貝瀬は笑った。
今扉の鍵は開いている。ベルはいつ鳴ってもおかしくない。それでも貝瀬は指を動かすのをやめない。中指と薬指と小指、三本の指を波打たせるように何度も同じ場所に滑らせる。指が行き来するたび、触れられた部分から刺激は波となって体中に伝わる。
「はっ…客…きますよ…」
「早々こないだろ」
もう何もかもどうでもよくなって快楽に身を任せて抱きつき、脈打つ体を擦り付けていると、触れた貝瀬の下半身にやっと熱を感じてきた。
「…硬くなってきてる。口でしてあげましょうか?」
「本気で店閉めないといけなくなる」
何気ない口調で言ってはみても、口でなんてしたこともないし、ましてや貝瀬をイかせたこともない。ゆっくり少しずつなどと、処女みたいなことを言われていつもはぐらかされている。
小刻みに腰を揺らし、互いに熱を溜め放出させない場所を服の上から擦り合わせる。
だから逃げたのに。だからカウンターの向こうにいたのに。誘いに抗えない俺が悪い。いや、こうなることを知っていて手を出してくる貝瀬が悪い。
「おまえ暴力的にヤラシくて可愛いすぎるよ。いつもさらっとした涼し気な顔してるくせに」
「可愛いとかなくて、貝瀬さんが俺の体を弄ぶからいけないんです」
「それ本当に意味違って聞こえるって」
結局ぎゅっと抱きしめられて、なだめられる。不満は残るが、オープンしている店内で、本当にいつ客が来るかわからないからこれより先を求めるわけにもいかない。すぐにぽいっと放り出されず、膝に乗せられたまま腰を抱かれて安心する。
「前の彼女って、可愛いかった?」
「はっ?普通ですよ。何急に萎えること言い出すんですか」
突然方向転換した質問に頭がついていかない。
「だって女子高生だろ?ふわふわっとしてんだろうなと思って」
「貝瀬さんは、ふわっとしてるのを抱きたいんですか?」
「違うよ。それと俺ってギャップがありすぎるんじゃないか、とかさ…」
何を言い出すかと思えば、そんなこと…。今更そこを気にするなんて、見た目の逞ましい体の男らしさとか、今みたいな勝手な近付き方とか、そっちの全部のギャップが可愛らしく思えてくる。
「俺、あなたのことがすごく好きで、この先をずっと待ってるんです。じゃないとここだってこんな反応しません。そんなことで今更焦らさないでください」
「ごめん。わかった」
「もう俺、我慢できるギリギリですよ。今だって、あなたをこの椅子から引きずり下ろして無理やり俺のものにしたいくらいです」
「全部、おまえのものだって」
そっと優しく唇が合わされた時、ちりんとベルが音を立てた。
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