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第8話
こちらに向かって足を進めかけていた男たちが顔を見合わせ立ち止まる。
「ヴーグルルゥー、ガルルー」また低い唸り声が聞こえたと思ったら、今度は左から右から次々と別の唸り声が呼応し始めた。
「お、狼じゃ……」
一人が怯えた声を出す。
「ゆ、ゆっくり下がれ……」
男たちが顔を強張らせ後じさりを始めたところへ、「ウオオーン!」と辺りの空気をつんざくような咆哮。
それを合図に男たちは奇声を上げ逃げだした。
それを追うように数匹の狼が藪から飛び出し、ウォンウォンと激しく吠えたてながら追いかけてゆく。
男たちが視界から消えて、佐助は詰めていた息をほっと吐いた。だが、まだすぐ傍に先ほどの獣の気配が残っていることに気付いた。
そう、自分のすぐ後ろに。
男たちを追って行かなかったこいつの狙いはおら達なのか?婆様を守らねば!
意を決して振り返ると、大きなしろがね色の獣が身を翻して去っていくところだった。
あ!
これは、あの時の!
数年前の記憶が蘇る。
「神様!」
思わずその獣の方へ呼び掛けた。
悠然と立ち去ろうとしていた獣は足を止め、ゆっくりとこちらを振り返った。
ああ、やっぱり……
光り輝くしろがねの豊かな毛並みに黄金色の瞳。
「おら達を助けてくらさった?……もしかして、あの時も?」
獣はじっと佐助を見据えた後、徐に身を翻し、軽やかな足取りであっという間に木々の間へと消えていった。
伏せていた婆様を助け起こす。
「婆様!婆様!神様、見たか?おら、前にも里の子らに殴られたときにあの神様に助けてもらったんよ」
「神様?……狼なら見た」
「ただの狼じゃないんよ!もっとずっと大きくて、毛の色も長さも全然違うんよ!」
だが婆様はじっと佐助を見るばかりで何も答えなかった。
男たちが戻ってくる気配がないことを十分に確認し、小屋へ帰った。
戸が壊された小屋は中も酷い有り様で、佐助はその惨状に思わず呻いた。土足で踏み荒らされた上に、蓄えを入れてあったつづらやらは全て開けられ乱雑に散らばり、中身は皆持ち去られていた。
「なんで、こんな事されねばならんのじゃ……おらが化け物みたいだから?けど、婆様は関係なかろ……」
「今年は天気が悪かったから里の稲や畑のものが育たんかったんで飢えとるんじゃ。冬が越せぬと思ったんじゃろ。これが初めてではない。前の飢饉でも同じことが何度かあった」
そんな……これでは里の民の方がよっぽど鬼のようではないか。
「こんなこともあろうかと土に埋めておった甕 の中身は無事じゃ」
そう言って筵 をめくって見せる婆様の背後の箱に目が釘付けになった。
「婆様!あの木箱の中も無くなっとる!」
箱とは乾燥させた薬草をしまっているものの一つで、その中身はとても効き目が強すぎるから絶対に触ってはいけないと子供の頃から繰り返し聞かされてきたものだ。
一度、蓋の締まりが甘かったのか引っぱり出して齧ったらしいネズミが、びくびくと体を痙攣させながら死んでいったのを目の当りにしたことがある。
あの毒を他の薬草や干し野菜と間違えて食べでもしたら……
婆様にそれを訴えたが、返って来たのは「わしは鬼じゃからの」という一言と、見たことのない氷のように冷ややかな目だけだった。
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