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第9話<出会い>

この山のふもと近くには荒れた小さな神社があって、そこには時折里の人達がやって来る。 神主もいない、小さな鳥居も赤い色が剥げ落ちた神社に、里の人はその年の豊作を祈ったり、病が良くなるよう、子供が無事に生まれる様に願い、秋祭りの時期には収穫を奉納しにやって来る。 佐助は時々無性に人の声を聞きたくなり、神社の近くの大きな杉の木の上に登り、やって来た人々の会話に耳を傾けた。 里の人には今まで散々、(しいた)げられてきたはずなのに、山で婆様と二人きりの生活では知ることのない里の暮らしの様子が興味深く、自分でもおかしいと思いながらも足が向いてしまうのだ。 実際、子供の頃にはここでうっかり里の人たちに遭遇してしまい、罵る言葉と石を投げつけられ怪我をしたこともある。 だから、それからはここへ来ていることを婆様には言えずにいた。相変わらず婆様は何も話してはくれないが、婆様も里の人達を好いていないのはよく分かっていたからだ。 どうやら里には庄屋様という偉い人がおり、里を取り仕切っている。庄屋様の家は大きく、馬がいるらしい。 その他の人々はほぼ百姓で米や野菜を作って暮らしている。 山では田んぼは作れないので、佐助と婆様は米は作れない。 だが、佐助は一度だけ米を食べたことがある。 随分昔に、婆様が里で仕入れ米を炊いてくれたことがあるのだ。そのあまりのうまさに佐助は感激した。婆様は自分は殆ど口にせず、残りを全部佐助に食べろと言った。 「こんなに美味いんよ?婆様も一緒に食べよ?」 「ええんじゃ。今日はお前の特別の祝いじゃから」 「祝い?何を祝う?」 そこから先はいつものだんまりになって、結局何の祝いだったか分からなかったが、婆様は珍しくにこにこして佐助の頭を撫でた。 里の人らはこんなに美味い米を食えるならいいなあとその時は羨ましくも思ったが、聞き耳を立てるうちに、やがて百姓でも存分に米を食えるわけでないこと、作った米は年貢として大方納めなければならぬことも理解した。 いくらか離れたところには町があって、そこはここらの里とはえらく違うようだ。田んぼや畑が無い代わりに、沢山人や物が集まっているらしい。 近くの町からは定期的に行商のものがやって来て、金物を売ったり里の女たちが織った布を買っていく。 多分婆様が山を降りる日はその行商の来る日で、必要な金物などを買うために山で採った薬草を売っているのだ。      里の男は青年になると年頃の女を嫁にもらい一緒に暮らすようになる。そして、夫婦の間にはやがて子供が生まれる。 その子供たちが大きくなればまた同じことが繰り返され、延々とその営みが続いていくのは山の獣たちと同じだ。 佐助は早々に自分がその営みの輪から外れていることに気が付いた。 おらにはおっ父もおっ母もおらなければ、(つが)う相手もいない。自然の(ことわり)から言えば婆様がおらより先にお迎えが来るだろうから、その後おらはたった一人で山で暮らしてひっそりと死に絶えるんかな。 その絶望的な孤独に重い溜息をついた時、右足のふくらはぎに鋭い痛みを感じた。

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