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第13話
「あの……嵬仁丸 様は、一人で暮らしとるん?あ、いや、名前を呼ばれんと言うたから……」
「私は……山の獣たちを仲間と思って暮らしているが、彼らは私を名では呼ばぬ」
つまり、誰か人と一緒に暮らしている訳じゃないということか。
「おらは嵬仁丸様と呼んでもええ?えへへ、おらが初めて知った人の名前じゃあ。婆様の名前すら知らんから……。
あ、おらね、沢の上流で婆様と二人で暮らしとるの」
男は頷いて見せる。
「あの、婆様に嵬仁丸様の話をしてもええ?それとも秘密にせんといかん?」
「婆様には話しても構わない。私は婆様に会ったことがある」
「えっ!!ほんと?」
佐助は心底驚いて、何故、婆様はこんな大事なことを教えてくれなかったのだろうと憤慨したが、改めて考えてみれば婆様はそういう人であった。
「ああ、そんなら、おらもっと早く嵬仁丸様に会いたかったなあ。里の人には言わんよ。そもそも、里の人は誰もおらと口なんかきいてくれんの。
こんなふうにちゃんとおらと話してくれたんは嵬仁丸様が初めてじゃもん」
男が慰める様に頭を撫でてくれたので、また嬉しくて胸がいっぱいになった。
「痺れはどうだ?」
今度は右足をさすってくれる。先ほどよりはだいぶ感覚がはっきりしている。
立ち上がってみると、まだ少しいつもの自分の足ではないような感じはあるが、歩けそうだった。
あまり暗くならないうちに帰った方がいいと言われ、まだまだ名残惜しかったが頷いた。この調子じゃ、いつもより山を登るのにも時間が掛かりそうだし、遅くなると婆様が心配するに違いない。
「あの、明日、明日会いに来てもええ?」
男が微笑みながら「では、明日」と答えてくれたので、ほっとすると同時に胸がポカポカして、もう今から明日が楽しみになった。
小屋に帰り着くと佐助は勢い込んで今日の出会いを婆様に報告した。
「なあ、婆様も嵬仁丸様に会うたことがあるんじゃろ?あんお人はおらのこと気味悪くないって、優しゅう頭まで撫でてくれたんよ。これから時々会いに行ってもいいやね?」
興奮した様子の佐助を静かに見つめていた婆様は
「佐助の好きにしたらええ。あのお方がええと言われたんなら構わんじゃろ」
と言った。
婆様が嵬仁丸の人となりを知っているような口ぶりだったので、婆様とはどんな繋がりがあったのか尋ねたが、案の定答えは返ってこなかった。
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