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第14話

翌日、日の出とともに沢へ水汲みに飛び出し、休む間も無く畑の手入れや薪拾いなど自分の仕事を終わらせた佐助は、約束の場所へ急いだ。 道なき道をゆく足取りも軽く、本当は走っていきたいほど気持ちはどんどん先へゆく。 ああ、早う嵬仁丸様に会いたいな。 おら、こんなにわくわくしたこと、今まであったかな? 今まで生きてきた中でおらが楽しかったことは……畑や山で立派に育った作物が採れた時や沢で沢山魚が獲れた時?それと、山の獣の可愛い子供やヒナを見掛けたときぐらいか? だがそんなのとはとても比べ物にならない高揚だった。 草原に着いた佐助はぐるりと周りを見渡した。嵬仁丸の姿は無い。 すぅと息を胸に吸い込んで、口笛でカヤクグリの鳴きまねを始めた。しながら、こんな小鳥のさえずりのようなもので離れたところにいる人にちゃんと聞こえるのだろうかと思う。 でも、嵬仁丸様は耳がいいからきっと聞こえると言っていたのだ。大丈夫、きっと来てくれる。 ひとしきり口笛を吹くと、佐助は草むらに座って背を大木に預け、脚を前に放り出した。 ああ、ここは本当に綺麗なところじゃなぁ。 山は鬱蒼と茂る木々が陽の光を遮り薄暗く湿ったところが多いのだが、ここはまるで木を丸く刈り取って作ったように空間が広がっていて、上から光と風が下りてくる。そのおかげか地面には苔ではなく背の低い草がみっしり生えていて、他ではあまり見ない花々が咲き乱れている。その花の周りを蝶や蜂が戯れる様に飛び交っていた。 日差しの強い時間に真ん中にいると佐助には眩しすぎるし、肌が赤くなりそうだが、周りを取り囲む木々が大きく枝を張り出していて、その下にいれば快適だった。 あれ?そういえば嵬仁丸様はおらをここに連れてきたとき眩しすぎないかって訊かんかったか?まるでおらが眩しがりなんを知っとるような……ああ、違うか。嵬仁丸様の目も黄金色だからやっぱり眩しいのが苦手なんかな?ふふ、だとしたらおらと同じだぁ。 なんだか嬉しくなって脚をぱたぱたさせていたら、「佐助」と呼ぶ声とともに木立の間から嵬仁丸が姿を現した。 「嵬仁丸様!よかった、ちゃんと聞こえたんね?」 嵬仁丸は微笑んで頷きながら、佐助の隣に腰を下ろした。 ふわりと揺れた長い髪がきらきらと光って、佐助は目を瞬かせた。 「昨日は無事に帰れたか?」 「うん!もう脚、痺れとらんよ。早う嵬仁丸様に会いに来たかったから朝からいっぱい動いてきたよ。そんで、これ。朝、採ってきたん、えと、助けてもろうたお礼」 懐からゴロゴロと無花果(いちじく)の実を取り出す。 「とびきり甘い実つける木から採ってきたから美味いと思うよ。無花果はいっつも鳥と取り合いっこになるから、朝一番に採ってきたん。あ……そんなこと山に住んどったら知っとるよね……あ……無花果もきっと食べ飽きとる、よね?」 今朝まではとてもいい思い付きだと自分では思っていたけれど、急に自信を無くして声が小さくすぼむ。 だが、嵬仁丸は佐助の手から無花果を一つ取って自分の鼻先に近づけると言った。 「いや、そんなことはない。とてもいい匂いがしているな。佐助も一緒に食べよう」 「うん!」 一緒に無花果を食べながら、佐助は婆様にここへ来るお許しをもらったことをはじめ、色んなことを思いつくままに嵬仁丸に話した。自分でもどうしてしまったのかと思うほど、次から次へと言葉が出てきて止まらないのだ。

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