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第15話
嵬仁丸がにこにこしながら話を聞いてくれるものだからつい夢中になってしまったが、ふと我に返り上目づかいでおずおずと尋ねる。
「あ、おら一人で喋ってばっかりで、つまらんよね?」
「いや、佐助の話を聞くのはとても楽しい。もっと色々聞かせてくれ」
嵬仁丸様は優しいなあ。このまま甘えていいのかなあ。
その時、視界の端にぴょこぴょこと揺れる4本の茶色い棒状のものが映り込んだ。
なんだろう?
ゆっくり視線をそちらへ移すと、草むらから飛び出しているそれは野兎の耳だった。
佐助は嵬仁丸の耳に口を寄せ、ひそひそ声で囁いた。
「嵬仁丸様、あそこに兎が2羽がおるよ」
「そのようだな。きっと佐助の事を見に来たのだろう」
まさか。兎はとても用心深い生き物で少しの物音でもさっと逃げてゆく。可愛らしくて触ってみたいと常々思っていたけれど、驚かすのは可哀そうだといつも遠目に見ているだけだ。
そう、ひそひそ声で嵬仁丸に訴える。
「兎だけではなさそうだぞ。ほら」
嵬仁丸が指さす頭上の枝を見上げれば、りすがこちらを見下ろすように大きな黒い目をぱちぱちさせていた。
嵬仁丸が静かに立ち上がり、枝の方へ手を伸ばす。すると驚いたことに、りすが枝から嵬仁丸の手の平に飛び移り、するするとその肩までやって来てちょこんと座った。そしてそこから佐助の方をじっと見つめている。
驚いて目を瞠る佐助に、嵬仁丸が笑いながら言った。
「彼らは私を山の仲間だと思っているのだ。兎に触れてみたいか?」
こくこくと頷くと、嵬仁丸は佐助を伴って兎の方へ歩いていく。普通なら一斉に逃げ去るはずの兎が、嵬仁丸を迎えるようにその場で後足で立ち上がった。佐助が傍に近づいても兎たちは逃げず、つぶらな四つの瞳で佐助を見上げてくる。
「本当に、触ってもいいの?」
「優しくな」
佐助が静かに兎の前でしゃがむと四つの瞳もついて一緒に動く。
「痛いことはせんから怖がらんでね」と話しかけてから、そっと手を伸ばして灰茶色の背中を撫でてみた。
うわっ、なんてふわふわ柔らかい毛なんじゃ。そんで、あったかい。ぴくっぴくっと時折動く長い耳とひくひく動き続けている鼻先が可愛い。
ふと思いついて、草をちぎってその鼻先へ持っていくと、ふんふんと匂いを嗅ぐような仕草の後、佐助の手から草を食べ始めた。
嬉しくなって嵬仁丸を見上げると、良かったなと言うように嵬仁丸の目元が優しく笑う。
最後にもう一度2羽の背中を撫でると、兎たちは仲良くぴょんぴょん跳ねながら木立の奥へ消えていった。
「はあ、信じられん、こんなこと。あの兎らは嵬仁丸様に懐いとるから、大人しい触らせてくれたん?」
「それもあるが、この場所のせいもある」
「場所?」
「ここだけ、木立が拓 かれているだろう。かつて、ここは月見が原と呼ばれ神事が行われていたらしい」
言われて草原を見回してみると、草むらの中ところどころに古い切り株の様なものが覗いている。元々、木があったところを切り拓 いたということか。
「つきみがはら……」
「ここから、夜空の月がよく見えるからそう呼ばれるようになったのかも知れぬな。ここでは殺生は行わぬというのが山に生きる者の掟だ」
ああ、だから兎やりすも襲われる心配がないから、用心を解いとったんかな。
そんでも不思議だな。獣たちは自分らで決めた掟を皆で守っておるのか?そんで、嵬仁丸様もその掟に従っておるんか?
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