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第17話
それから佐助は足繁く月見が原へ通うようになった。晴れた日は殆どといっていい。
このところ佐助の頭の中は嵬仁丸のことでいっぱいだ。
初めてできた友達?
若しくは兄 のような?
もう大人だからおっ父みたいな?
ん……大人だよな?前に歳を尋ねたら「覚えていない」と返って来た。そういう佐助も自分の歳がわからないのだから、まあそういうもんかと思った。
まあ二人の関係にどんな名前が付くかなんてどうでもよいことだ。とにかく、嵬仁丸に会えば佐助は嬉しくて顔がひとりでに笑ってしまう。
体が大きいだけでなく、嵬仁丸の立ち振舞いは凜として美しく、佐助の目を引き付けた。かといって威圧的な訳ではなく、若々しい見た目と不釣り合いに感じる程の落ち着きと鷹揚な空気も纏っている。嵬仁丸はさほど口数が多くなく、大抵は佐助が他愛ないお喋りをするのを穏やかな表情で聞いている。
知り合ったばかりの頃、佐助は嵬仁丸の事を知りたがって質問攻めにした。その時嵬仁丸が少し困ったような笑みを見せたので、それからはあまり根掘り葉掘り聞き過ぎぬように気を付けている。婆様との暮らしで身についた、よく言えば相手の気配を読む、悪く言えば顔色を窺う癖のせいで相手の望んでいないことには敏感なのだ。
そういえば嵬仁丸と婆様はどこか似ていると感じるときがある。どちらも人里離れた山での暮らしを選んでいるとこらあたり、そもそも人の性質 が似ているのかもしれない。
自分の事はあまり口にしないけれど、嵬仁丸は山の話はよくしてくれた。佐助がまだあまり足を踏み入れたことが無い峠の向こう側や谷を越えその先に連なるもう一つの山のこと、渡り鳥達が佐助の想像を遥かに超える遠いところからやって来ること、カッコウやホトトギスの他の鳥に自分の雛を育てさせるために使う巧妙な手口、モズの早贄 。
嵬仁丸の話はどれも佐助の興味を引いた。
もっともすっかり打ち解けた今は、ただ二人で並んで草の上に座り、月見が原を訪れる獣たちの戯れを眺めているだけでもとても気分がいい。
佐助が嵬仁丸の美しい髪をぱらぱらと指の間から零し、きらきらと陽の光を反射する様を「綺麗じゃあ」と楽しむのも、嵬仁丸は好きにさせてくれる。
そよそよと風が気持ちいい日はいつの間にか嵬仁丸の膝に頭を預けて眠ってしまうこともあった。
いつもにこやかに佐助を受け入れてくれる嵬仁丸だが、いくら口笛を吹いても会えぬ日もある。それは多分佐助の口笛が聞こえなかったのではなく、嵬仁丸の方で何か用があるのだ。
月見が原で会っている時にも、稀に「すまぬ、行かねばならぬ」と途中でどこかへ行ってしまうことがある。
「何しに行くん?」と何気なく口をついた佐助の言葉に、「呼ばれているのだ」とだけ答え「呼ばれるって誰に?里の人?」という次の疑問を佐助が口にする前に嵬仁丸は木立の中へ静かに消える。
嵬仁丸様って不思議がいっぱいあるよな。どこか謎めいていて周りに霞 や靄 を纏っているような。
時々その不思議の霞を吹き飛ばして、しっかり輪郭が見たいという欲求が頭をもたげてくるが、それも含めて嵬仁丸なのだとしたらそれは自分の我儘だと口をつぐむ。
早く嵬仁丸に会いたいと逸る思いでやって来たのに会えなかったときは、やっぱり気分はしょぼんと萎 む。
だけど、いつもおらが呼び出すたんびにわざわざ会いに来てくれ、話し相手になってくれるだけでありがたいと思わんと。嵬仁丸様に出会ってからおらは毎日が楽しゅうて仕方がないんじゃから。
それにここではほかにも友達がいる。
嵬仁丸に会えぬ時は月見が原で獣と遊び、それにも飽いたら神社へ行って木に登り、里の人たちの様子を眺めて過ごした。
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