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第18話<神と鬼>

「ねえ、神様って本当にいらさるん?」 ある日、佐助は前から疑問に思っていたことを嵬仁丸に尋ねてみた。 「どうしたのだ」 「今日、ここに来る途中で大勢が下の神社に入っていきよるん見たよ。里の人達はよく神社に来るじゃろ?おらは中に入ったことは無いけど、中に神様が住んどるわけじゃないやね?皆、何に祈っとる?豊作でありますようにとか(やまい)が治りますようにとか、色々お願いするみたいじゃけど。 おらの目が皆と違うからおらには見えとらんだけ?そもそも神様ってなんね?婆様に聞いたら『そんなもん、おらん』って。 でも、婆様は時々よう分からんから……()いても答えてくれんことも多いし、時々冗談なんかほんとなんか分からんこと言うておらをけむに巻くん」 佐助が唇を尖らせたのが可笑しかったのか、嵬仁丸はくすりと笑って人差し指でそこをつんつん突っついた。 「婆様ったらさ、自分の事、鬼じゃって言うんよ?だけど、鬼は人を喰ったり襲って災いをもたらすもんじゃとも言うんよ。そんなこと婆様がするわけなかろ?」 嵬仁丸の顔からすっと笑みが消えた。 「人は勝手な生き物だ。己と違うものの間にとかく線を引きたがる。自分たちの力や理解が及ばぬものごとに、その時その時で都合よく自分たちの概念を押し付ける」 「どういうこと?」 「人の力を超えるもので自分たちに都合がよいものは神、悪しきものは鬼や物の怪と名を付ける。そのうち勝手に神は偉大な力を持ち人を加護してくれるものとして崇め奉り、喜ばしくないことは鬼や物の怪のせいにし、更に自分たちで作り上げた虚像に怯えているのだ。その上、その時々で良き事と悪しき事は往々にして定まらず入れ替わりもする」 硬い表情で語る嵬仁丸の話は少し難しかった。 だが、それを自分の身に当てはめるとすんなり分かったこともある。 おらの見た目は里の人達とえらく違う。それ故、昔から鬼の子、物の怪と虐げられてきたが、それは彼らが嵬仁丸が言うところの線引きをした外側に佐助の事を置いたからだ。実際のところ、自分はただ少し色がおかしいだけの人で何も恐れられるような力など持っていないのに、人の作り上げた虚像に分類されたため恐れられ気味悪がられているのだろう。 「確かに人に災いをもたらそうとする存在はある。それをなんと名付けるかはその時の人次第。今ならさしずめ鬼ということになるかもしれぬな」 鬼は本当にいる!? 「確かに婆様は人嫌いじゃけど、人に災いをもたらそうとなんかせんと思うよ。現に山に捨てられとったおらのことを拾って育ててくれたんじゃもん。おら、いっぺんも恐ろしい目にあわされたことなんかない。 だから……もし婆様が言う通り本当に婆様が鬼だとしても角が生えておっても、ちっとも怖くないし、おらが婆様を好きで大事に思う気持ちは変わらんよ。だけど、婆様が里の人を襲いにゆくというのなら……おらはやっぱり止めると思うけど……」 「何故だ?佐助は今まで里のものには散々な目に合わされてきたであろう」 「だからといっておらは里の人が恐ろしい目にあったり喰われてしまえばええとはあんまり思えんし…… だけど、鬼はなんで人に災いをもらたす?山の獣が獲物をしとめて食べねば生きていけぬように、鬼もそうせねば生きてゆけぬのなら……どうしたらいいか分からん…… 嵬仁丸様は鬼を見たことがあるん?本当に角が生えとるん?」 佐助の真剣な(まなこ)を、嵬仁丸の黄金色の瞳が静かに見つめ返す。 「鬼は……多くは人から生まれるものだ」 ぽそりと嵬仁丸が零した言葉に佐助は仰天した。

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