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第20話<嵬仁丸の秘密>
降り続いた雨がやっと上がり、湿った落ち葉を踏みながら数日振りに月見が原に向かう。
佐助が嵬仁丸 と知り合ってから、もういくつかの季節が巡っていた。
今日は、最も近道となる経路をたどってゆく。
月見が原に通うようになってすぐ、佐助は毎日同じ所を通るのを避けるようになった。道なきところを進んでいても繰り返し同じ草を踏み同じ土を踏むと自然と道が出来てしまう。
里の人たちは神社より奥へは滅多に山に足を踏み入れないが、それでも万が一ということがある。この道が何処へ続くのかと興味を持った人が月見が原に辿り着くのを避けたかったのだ。
月見が原では殺生を行わないという山の掟を里の人が知っているとは思えなかった。警戒を解いている獣たちが人と遭遇したらと思うと怖い。
だがそれ以上に、嵬仁丸との時間を紡いできたあの場所は佐助にとって特別な場所で、他の誰かに踏み荒らされたくないと思ってしまうのだ。
そんな考えはおかしい、と佐助自身も感じている。山も月見が原も佐助のものではないし、ましてや嵬仁丸も佐助一人のものではない。そもそも、自分も初めて会った日に嵬仁丸に受け入れられ月見が原に迎え入れてもらったのだ。
だから里の誰かが自分と同じように嵬仁丸に受け入れられることもあるだろうし、佐助だって自分がそうされて嬉しかったのだから相手が望んでくれるなら受け入れるべきだと分かっている。
おかしいな。おらはずっと人に拒まれるのが辛うて寂しいて、長い間友達ができるんを夢見とったはずなのに。嵬仁丸様と親しゅうなれたから、もう満足したんかな。
いや、そうじゃない。おらが誰かを拒み斥 けたいわけでない。じゃあ、なんで?
月見が原で見知らぬ誰かが嵬仁丸と親し気に過ごす様を想像したら、かーっと胸が焼けた。なんじゃ、これは?おらは……誰かが嵬仁丸様とおらよりも親しくなるのが嫌なんか?
自分の中にあるもやもやしたものの正体が理解できず戸惑う。
ようわからん。けど、とにかく月見が原に里の人が来るんは、嫌なんじゃ。こんなこと思っとるなんて嵬仁丸様が知ったらきっと呆れるに違いない。けど、あそこはおらと嵬仁丸様の秘密の楽園であってほしいと勝手なことを思ってしまう。
月見が原に着くと、周りを見回した。嵬仁丸の姿はない。
ひとしきりカヤクグリの鳴きまねをして、まだ湿り気の残る草の上は避け大きな切り株に腰をおろした。
今日は来てくれるかな。雨のせいでここ何日か会えなかったから今日は嵬仁丸様の顔がどうしても見たい。
ひとりで待つ間、来る道々考えていたことにまた意識が戻っていく。佐助の中で嵬仁丸の存在は日に日に大きくなっていた。今から思えば嵬仁丸に出会う前の自分の生活はなんと単調で味気ない日々だったろうと思う。
嵬仁丸は佐助の話に耳を傾け、沢山の知識を授け、温かい目で佐助の事を見守ってくれる。嵬仁丸が笑ってくれれば胸の中で光の粒がパチパチ弾け、頭を撫でられるとこれ以上ない安心感を得られる。
そうじゃ、おらは嵬仁丸様に沢山のものを与えてもらっとるでないか。何をもやもやすることがある?贅沢を言ったらいかん。
最近のおらはどうかしとるな。ああ、もしかしたら別の心配事のせいで気が滅入っとるんかもしれん。うん、きっとそうじゃろ。そのせいじゃろ。
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