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第24話
「嵬仁丸 様!危ない!」
思わず佐助は叫んだが、嵬仁丸は躊躇 う様子もなく真っ直ぐ獣たちの方へ進んでいく。
嵬仁丸が狼たちの間を通り抜け熊の前に立つと、狼がぴたりと鳴きやんだ。
一方、熊は面前で立ち止まった嵬仁丸に向かって唸り声を上げ続けている。
ほんの目と鼻の先、熊がその気になれば一瞬にして詰められてしまう距離だ。
佐助が息を詰めて見守る中、熊が後足で立ち上がった。危ない!心の臓がどくんと跳ねる。どうしたら!?
だが、熊は体を大きく捻ひねったかと思うと、向きを変え元来た方へ戻り始めた。
助かった!?
いったい何が起こった!?
しかし、一旦熊の脅威は逃れたと佐助が忘れていた息をしたとき、今度は狼たちが嵬仁丸をぐるりと取り囲んだ。
いかん、嵬仁丸様を助けねば!相手が狼だけなら、木に登れば助かる。おらが狼たちの気を引いている間に木に登って!そう叫ぼうとしたとき。
ついと一匹の狼が嵬仁丸に近づいた。だが驚いたことに狼はまるで甘えるように嵬仁丸の足に身を摺り寄せてその周りをまわり、嵬仁丸もその頭を撫でたのだ。一匹、また一匹と後に続く。
最後にひときわ大きな群れの長 と見られる雄が近づき嵬仁丸を見上げると、嵬仁丸は両手でその顔を挟み「よくやった」と声を掛けた。それに応えるように狼が「ウォン」と一声鳴く。そしてそれを合図に長は群れを率いて木立の中へ消えていった。
何がどうなっている?
おらは夢を見ているのか?
呆然と立ち尽くす佐助を、嵬仁丸が振り返った。
「佐助」
久し振りに呼ばれた名前に胸が疼く。何も言えず突っ立ったままでいると嵬仁丸がこちらへ向かって歩き始めた。
秋風に長いしろがね色の髪がきらきらと光を反射させながら舞い上がる。
嵬仁丸は佐助の前まで来ると歩みを止めた。
今しがた目にした不可思議な光景に混乱している上に、もう月見が原へは行けぬと思いながら本当は会いたくてたまらなかった嵬仁丸を前にして、佐助の心は嬉しいと思う気持ちと苦しいと悲しいが混ざり合って忙 しい。
「佐助」
もう一度優しく名を呼ばれて、黄金色のその眼を見ていられなくなり、とうとう下を向いてしまった。
「肝を冷やしたぞ。この時期の熊には用心した方がよい」
おらと出会わぬほうが良かったんなら、おらが熊に食われようが狼に食われようが関係なかろ。
本当は互いに無事でよかったと思っているはずなのに、そんな憎まれ口のようなものが口を突いて出そうになり、唇を噛んだ。
「熊には無理を言って私の我儘を通してしまった」
え?
思わず顔を上げ嵬仁丸を見返した。
「自然の理 に従って生きているものたちに、私の勝手を押し付けてしまうとは。これでは示しがつかぬ。だが、そうせねばならぬほどに私はお前に情を移しすぎた。その結果がお前のこの悲しい目なのだから、私はやはり間違えたのだ。許せ、佐助」
「……どういうこと?なんで、おらに謝るん?」
「ずっと遠くから見守るだけにすべきだった。お前があまりに愛おしく、欲に流されてしまった私が悪いのだ」
そう言って嵬仁丸は手を伸ばし、佐助の頬をするりと撫でた。
「所詮、ともに生きてはゆけぬのに」
寂しげな顔に胸が苦しくなる。
「え……そんなにおらといるのが辛かった?」
「そうではない。私はお前が愛おしい。ただ、私とお前は違うのだ、住む世界も生きる時間も」
「どういうこと?嵬仁丸様、おら、もうこの前みたいな我儘言わんよ。それでも一緒におれん?」
見たことのない嵬仁丸の切なげな表情に、佐助はもう二度と会えなくなるような不安を覚え、大きな体にしがみついた。
「嵬仁丸様、嫌じゃ、離れとうない。おらは、嵬仁丸様が好きじゃから」
嵬仁丸の大きな手が佐助の頭の後ろをそっと撫でた。
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