25 / 115

第25話

「四六時中一緒におりたいなんて我儘言わん、もう言いたくないことを無理に訊いたりせん。だからおらを置いて行かんで。おらの傍におって」 その胸にしがみ付いたまま切々と訴え見上げてくる佐助の目を、嵬仁丸は静かに見つめ返す。 「なあ、嵬仁丸様……お願いじゃから」 「……佐助、お前は私が鬼や物の怪でもそのように言えるか?」 「鬼?物の怪?……そんなん知らん、おらはおらが見てきた嵬仁丸様が好きなだけじゃ」 「私がお前に本当の姿を見せていなかったら?」 「そんでも、今まで見てきたのが全部嘘なわけじゃなかろ!?」 そう言いつのる佐助の肩を両手でつかみ、嵬仁丸はその体を引きはがした。そして、1歩2歩と後ろへ下がる。 「嵬仁丸様!」 「佐助……よく見ているのだ」 硬い表情でそう言うと、嵬仁丸ははらりと衣を脱ぎ落した。 佐助とはまるで違う、硬い筋肉で覆われた逞しい大人の男の体。だが次の瞬間空間がぐにゃりと歪んだように感じ目を眇めると、またたく間に嵬仁丸の体が姿を変え始めた。 刻々と変化を遂げる輪郭。 滑らかだった肌がみるみる毛で覆われてゆく。 いったい何が起きているのだ!? その変容を息さえ忘れて見つめる佐助の前に、やがて大きな四つ足の獣が姿を現した。 これは……!! 熊のように大きい狼……その体を覆う燐光を放つようなしろがね色の豊かな毛並み、黄金色に輝く両の眼。これは、いつも佐助の窮地を救ってくれた神様…… 佐助はすい寄せられるようにふらふらと獣に近づき、獣の顔を真正面から捉えた。 「……嵬仁丸様?」 獣は黙って佐助を見つめ返している。 「ああ……あの神様が嵬仁丸様だったなんて……」 佐助はゆるゆると両腕を伸ばし、獣の首に回して抱きついた。ああ、覚えている。この滑らかで柔らかい毛皮もどこか懐かしく感じた匂いも。 「ずっと前からおらの事、知っとったんね?そんで、ずっとおらを守ってくれとったんね?」 「怖くはないのか、佐助」 狼の口からはっきりとそう聞こえた。 「怖いわけない……嵬仁丸様に助けてもろうとらんかったら、おらはもうとっくに死んどるよ。ああ、なんでおらは気付かなんだ?髪の色も、瞳の色も、気高うて美しいところも、全部そのまんまなのに」 柔らかい毛並みに何度も頬ずりをする。 「見ての通り私は人ではないのだぞ?」 「それがなんね?おらが嵬仁丸様を好きな事は変わらんよ。むしろあの神様が嵬仁丸様と分かって嬉しいくらいじゃあ」 首に抱きつく腕に力を込める。 「姿、形だけではないのだ。他にも佐助に話しておらぬことがある」 「そんでもきっとおらが嵬仁丸様を好きなのは変わらんよ。嵬仁丸様はおらの特別じゃもん」 「それは私が佐助にとって初めてできた話し相手だからだろう」 「だったら、なんね?ああもう!嵬仁丸様は理屈っぽいんね。おらが嵬仁丸様を好きなんになんで理由が要るのかわからん。おらが嵬仁丸様を好きだけじゃ、なんでいかんの?」 「……佐助にはかなわぬな」 佐助は抱きついていた腕を離し、嵬仁丸の顔に正面から向き合った。 「ああいかん。また、おらは自分のことばっかだった。嵬仁丸様には人と一緒におれん理由があるん?困ることがあるん?」 「私は……半分は人だ。母は人だった。だが私は父の血を強く受け継いでいる。そのせいで時の流れ方が人とは随分違う。しかし……それを理由にするのは、私が臆病だったせいだ」 よく分からず首を傾げた佐助は、もう一度聞いた。 「嵬仁丸様はおらが好き?一緒におりたい?」 「佐助……お前は私が長く生きてきたなかで一番の光だ。……共にありたい」 佐助はもう一度嵬仁丸の首に抱きついて「うん、一緒におろうね」と柔らかい毛に顔を埋めた。

ともだちにシェアしよう!