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第28話

突然、嵬仁丸が両耳をピンと立て頭を高くもたげた。 「どうしたん?」 嵬仁丸は一度立ち上がると、佐助の真正面に座りなおした。 「呼ばれている。私の役割を求めて。それは同時に私の(かて)でもある」 一度そこで言葉を区切り、思案するように視線を落とした嵬仁丸は、もう一度真剣な眼差しを佐助に向けた。 「……佐助、ついてくるか?私がこれから行うことを見たら、お前は私の事をおぞましく思うかもしれない。だが、これが私なのだ」 嵬仁丸が秘密にしていたことを自分に伝えようとしている。そう悟った佐助は、大きく頷いて立ち上がった。 軽快な足取りで進む嵬仁丸は豊かな毛をたなびかせ優雅にすら見えるのに、佐助がついて行くには懸命に走らなければならなかった。それでも度々振り返っては背後を窺う様子から、本当ならもっと急ぎたいところを佐助に合わせてくれているのだと分かる。 やがて木立の中の一本の大きな木の下で立ち止まると、嵬仁丸が上空に向かって一声吠えた。すると頭上からバサバサという音と共に黒いものが落ちてきた。 それは、舞い降りるというのとは程遠い動きで地面に降り立った一羽の(からす)だった。酷く弱っているようで、その羽には艶が無く、もはや足を踏ん張って立つこともままならないようだ。 「もう、よいのだな?」 嵬仁丸がそう声を掛けると、答えるように「カァ」と弱々しく鳴いた。 嵬仁丸は首を回して一度佐助の方を見た。何も言葉は発しなかったけれど、その目は「そこで見ていろ」と言っている。 そして、(おもむろ)に片方の前足を上げると、それで(からす)を土に転がしその体の上に置いた。烏は大人しくじっとしている。 嵬仁丸様はこれからこの烏を喰うのか?それをおらに見ろと言うのか? 佐助はごくりと唾を飲んだ。 狼が肉食なのは当然知っている。それをわざわざ見せるのは、やはり人とは違うと分からせたいのだろうか? けど、嵬仁丸様は呼ばれたと言うとった。誰に?この烏に? 嵬仁丸が長い鼻先を烏に近づけた。 「お前の魂を受け取ろう。お前は無に還る。安らかに逝け」 そう唱えると、口を開けた。 たとえ嵬仁丸様が鋭い牙を黒い羽根につき立てたとしても、目をそらしてはいけない。佐助は自分にそう言い聞かせた。拳を握りしめ緊張しながら烏と嵬仁丸を見守る。 ……え? 佐助は目を瞬いた。 ……蛍? こんな時期に? もう一度ぱしぱしと瞬いてから、両目を凝らした。 ……違う、蛍じゃない。夏に沢で見かける蛍火はもう少し黄みがかっているし飛び方も違う。今おらが目にしている光は…… 小さな粒が微かに白い光を放ちながら烏から出てきたように見えたのだ。 その光はゆっくりゆっくり浮かび上がり、すうっと嵬仁丸の口の中へと消えた。 嵬仁丸が烏の上から静かに足を降ろす。土に横たわる烏には傷一つ付いていないが、明らかに先程とは様子が違う。その目が何も映していないのが分かる。 「今日の一番乗りは狐のようだ」 わざわざ佐助に説明するように嵬仁丸が言った時、背後の茂みから一匹の狐が姿を現した。ちらと佐助の方を一瞥してから、狐は傍へ寄って来た。そして転がる烏を咥えると元来た方へと走り去った。

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