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第29話
狐を見送った嵬仁丸が、佐助の方へ向き直った。そして静かに佐助の顔を見つめている。
聞いてもええんじゃろか?
でも、わざわざ見せてくれたんやもんね。
「嵬仁丸様を呼んだんは、さっきの烏 ?」
「そうだ」
「さっき烏からなんかちっさい光の粒が出てきたん、あれは……烏の魂なん?」
「佐助にはあれが見えたのか?」
「なんかうっすらとやけど、白く光っとるようじゃった。そんで、ふわふわ浮いて……嵬仁丸様の口ん中入った」
「……そうか。人にも見えるものがいるのか……。
佐助の言う通り、自分の寿命を悟った烏が私を呼んだ。生き物の精気を喰って生きている私に己 が命をくれてやるためだ。
これが山のものたちと私との間にできた約束事だ。私は山の平安を保つよう努める。そうすれば山は豊かになり、命が芽吹き育つ。代わりに獣たちは命の光が消えるときに私にそれを返す。その亡骸は他の獣の糧や草木の肥やしとなる。
そうしなければならないという掟があるわけではないが、私が精気を抜き取れば楽に逝けることもあり、多くの獣がそう望む。
佐助が、狼の遠吠えが聞こえると私がどこかへ行くと言っていただろう。
あれは狼たちが狩りで捕えた獲物の息の根を止める前に私を呼んでいるのだ。早く行ってやらねば無駄に苦しむ時間を長引かせてしまうので、佐助には悪いが置き去りにすることになってしまった」
「生きとるものから魂を抜きとれるっていうこと?」
嵬仁丸が頷く。
「私が幼い頃は父が生きたままの野ネズミやイタチを差し出し、そこから命を貰っていた。父は普通の狼の様に狩りをしていたのかもしれない。だが、私は山の獣たちに育てられ孤独を慰めてもらってきたせいか、半分人だからか、狩りが苦痛なのだ。それでいつの間にかこのような形になった。もし、父が知ったら不甲斐無い息子だと思うであろうな。かつては私が精気を喰った獣たちを眷属の狼どもに与えていたのに、今では腹が減った狼たちに獲物にとどめを刺さずに捕えるという面倒をかけて、私の糧まで集めさせているのだからな」
こんなに強く賢そうな狼の姿をしているのに、狩りをしたくないという山の主。
だが、それは人の姿の時、肩や頭の上に鳥や小動物を載せて戯れていた嵬仁丸の印象そのままだ。
「でも、狼たちは嵬仁丸様が大好きじゃろ?嵬仁丸様の役に立って労 らわれとる時、みんな顔が笑 ろうとるし、尻尾がふりふり揺れとるよ?」
嵬仁丸のもう一つの姿を知ってから、狼たちは佐助のいる前でも嵬仁丸のもとによく姿を現すようになっていた。
獣の中でも狼と嵬仁丸の関係は特別なものらしい。眷属 といって、古 から代々、嵬仁丸の血筋の従者のような役割を担って来たそうだ。いまも隣の山も含め、3つの群れが嵬仁丸の手足となって動いているという。
元々狼好きな上に、ずっと今まで狼たちに見守られてきたと知って、佐助もより親しみを感じるようになっている。
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