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第30話

「あ!もしかして、おらが採ってきた無花果(いちじく)やら柿やらは、ほんとは無理して食べとったんでない?お腹壊したリせんかった?」 申し訳なさそうな顔をする佐助に、狼のままの嵬仁丸が笑ったように見えた。 「いや、大丈夫だ。草木にも精気があり、花や果実は正に命そのものだ。それに、私は人の子でもあるからな。ちゃんと美味しくいただいた」 「よかった」 ほっとした佐助が嵬仁丸の頭を撫でれば、お返しの様に嵬仁丸は顔を佐助に摺り寄せた。 「佐助、魂を抜くなど化け物ようだと私のことが怖くはならなかったか?」 「ならんよ」 先程の儀式は(おごそ)かで神聖にすら感じ、化け物というより神のようだと思ったのだ。 それなのに、まるで佐助に嫌われるのを恐れているかのような嵬仁丸の口ぶりに、安心させてあげたくなって、佐助はその首に両腕を回して抱き締めた。 木立の中を並んで歩く。 「そんでも、不思議じゃな」 「何がだ?」 「前に、普段は獣とやり取りする時、言葉は必要ないと言うとらんかった?嵬仁丸様は獣の心が読めるんじゃろ?」 「そうだな」 「そんなら、おらの心も読んだらよかろ?おらが嵬仁丸様のことちっとも怖がっとらんってすぐにわかるじゃろ?」 「人は他の獣たちと違うのだ。人は言葉を持ったが故に、頭の中で物事を言葉で考えるので読み辛い。その上、その言葉で考えたものと心で感じているものが全く逆であったりする、不思議な生き物だ」 「本音と建て前ってこと?」 「それもあるが、往々にして本人すらもその食い違いに気付かずにいるのだ。人の心は複雑だ。だが……佐助は少し違っておるな」 「へ?どんな風に?」 「獣に近い。驚く程、ずれが少ない」 「それは、おらがあんまり頭がようなくて難しい事考えられんからじゃろ」 「そういうことではない。人と触れずに山で育ったからか……とにかく、私はお前を見ていると安心するのだ」 「ふふふ、そんならやっぱりおらの心を読めばわかるんでない?えへへ、そんで、おらが嵬仁丸様を好きなんは最初っからばれとるね?」 急に嵬仁丸が足を止め、まじまじと佐助を見た。 「ん?」 「いや……確かに、お前が私を慕ってくれているのは伝わっていた。だが……改めて言葉で聞くのは……なかなか、その……嬉しいものだな」 大きな獣が急にそわそわと視線を彷徨わせ、大きな尻尾をふさふさ振り始めた。なんだかえらく可愛い。 「そう?そんなら何度でも言う。おらは嵬仁丸様がだーい好きじゃ!」 そういって首に噛り付くと、その喉元からくーんという子供の狼のような声が漏れ、尾の振りが一層大きくなった。

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