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第31話<婆様の秘密>

婆様が床に臥せる日が増えてきた。小さな体がますます縮んでいくように見える。 この前山を下りるときは、佐助がおぶって行った。婆様は麓に着くと自分を降ろしてお前は近くの繁みに身を隠していろと言ったが、佐助は一緒に行くといってきかなかった。 確かに幼い頃から里の人達に随分な目にあわされてきた。だが、自分はもうあの頃のようなひ弱な子供ではない。このところ随分と背も伸びた。しかし変わったのは体だけではない。 嵬仁丸から鬼の話を聞き、ただ肌や髪、目の色が違うだけで里の人が線引きをして恐れるのはおかしいと思ったし、自分がこそこそ隠れるのも違うと思ったのだ。 嵬仁丸が言った「私は私でしかない」という言葉も佐助に大事な気付きをくれた。 おらはおらだ。皆と目や髪の色が違ちごうとろうと、おらは人じゃ。仮に人でなくたって、おらはおらが正しいと思うことをすればええんじゃ。おらは別に誰にも迷惑かけとらんのじゃもん、堂々としとればええ。 前みたいに襲われたって、おらには山で鍛えた丈夫な体がある。身を守ることは出来る筈じゃ。例え心が傷付けられたとしても、山には自分の事を愛しんで育ててくれた婆様がおるし、嵬仁丸様も待っていてくれる。 なにより、全てを自分でやらなければならない日が遠からずやって来るはずで、婆様のやり方を見て学んでおかなければならない。 婆様をおぶったまま里の中へ入ってゆくと、田や畦道の百姓たちがぎょっとした様子でこちらを見ているのを感じる。 「化け物め」「気味が悪い」そんな声も聞こえてきたが、それを聞いても佐助は以前の様には悲しくもならなかったし、怯えてびくつくことも無かった。真っ直ぐ顔を上げ、背後の婆様を気遣いながら目的の小屋まで歩いた。 今回、婆様は布を二巻き、薬草や茸と交換で手に入れた。 帰り道、婆様を負ぶったまま獣道をぐんぐん登る佐助に「大きゅうなったの」と婆様が呟いた。前に婆様に連れられて里まで下りたのはもう随分昔のことだ。急な勾配や足場の悪いところは、今とは逆に婆様におぶわれなければ進めなかった。流れた年月を感じずにはおれない。 里から戻ってから、婆様の臥せる日がますます増えた。 だが、佐助が甲斐甲斐しく婆様の世話を焼こうとすると「寝とるだけじゃ、気にせず遊びに行け」と相変わらずそっけない。 山の暮らしで必要な事はもうあらかた佐助が出来るので、床を上げられる日は手に入れた布を着物に仕立てるためちくちくと縫物をしている。 そして時折佐助を呼んで、仕立て方を言って聞かせる。まるで、次からはお前が自分で作るのだからというように。 縫物も出来ぬ日は横になったまま、ぽつぽつと昔の話をするようになった。 それは今まで一切語られることの無かった婆様の秘密だった。

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