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第34話

「そんで、どうなったん?」 ゆったりとした口調の婆様に、思わず急かすように声が出た。 「幼子を抱えて女1人で慣れぬ旅に無理が祟ったんじゃろう。人目につかんよう山に入ったんじゃろうな。 女子(おなご)の命が今にも消えかかっとるんは明らかじゃった。 じゃがわしは、ここには里のもんも来んし、仮に追っ手が来ても山の主様が上手く追い払ってくださるから安心してゆっくり休めと言うてやった。 すると女子(おなご)は我が子を抱き寄せて、『佐助、もう安心ですよ。ここまでよく頑張りましたね』と微笑みかけると、そのまますうっと眠るように息を引き取った」 胸が痛い。 佐助は両の手で着物の胸元をきつく握りしめたがそれで治るわけもなく、両目からはまた新たな涙が零れ落ちた。 おらはこんな醜い見てくれのせいで、親にも気味悪がられて捨てられたと思うとったけど違ったんじゃな。おっ母はおらを守るために命がけで逃げてくれたんじゃ。おらは……ちゃんと愛されとったんじゃな。 「成り行きを見守っておられた山の主様がわしに頼みがあると言いなさった。 『山の(ことわり)に従えば、このままではこの幼子はじきに獣の糧となるか弱って死ぬだろう。母親の近くで眠るのも幸せかもしれぬ。だが、この子の母親が己の命を賭して守ろうとした命じゃ。手を差し伸べてやってはくれぬか』 じゃが、わしにはやらねばならんことがある。倅と嫁の仇を打ってわしも死ぬつもりだったんじゃ。迷うわしに主様は重ねて言いなさった。 (せがれ)の最期を思い哀しくてたまらんのは、わしが母じゃからじゃろうと。ならば、子を置いて逝かねばならなかったこの母の無念も分かってやれるのではないか。そして、わしがこの子の手を取ってやらねばきっとこの命はじきに消えてしまうだろう、とな。 主様の言われることもわかるが、それでもまだわしはなるだけ早うに恨みを晴らすことを諦めきれんかった。 そん時に幼子がな、死んだ女子(おなご)の腹を優しくぽんぽんと叩き始めてな、それまで『ああ』『うー』としか聞こえとらんかったんが、舌足らずな片言で『ははうえ』と呼び掛けとるんじゃと分かった。母親が眠ったと思ったんじゃろうな。きっと、いつもそうやって自分が寝かしつけられとったんじゃろう、ゆっくりと腹をぽん、ぽん、ぽん、ぽんとな。 それを見たら、急にこの子が不憫になってな。もう母親が目を覚まさんと知ったらこの子はどんげに泣くじゃろか。おまけに全然似とらんのに、弥吉の子供の頃を思い出してしもうて…… じゃから、『わしはまだ恨みも憎しみも捨てきれんし、仇を打つために生きながらえとることは変わらんが、一旦この子を預かる。何もない山の中で無事に育てられるか分からん。この子が一人で生きられるようになるまでわしの命があるのかも分からん。そんでもよいなら』と、答えたんじゃ。 主様は頷かれ『私も見守っていよう』と言いなさった。もっともそれから(じか)にわしらの前に姿を現されることはなかった。けんども、時折狼の気配は感じておった。 お前が里の子に襲われた時に、助けて小屋まで運んできて下されて、ほんに見守ってくださっとったのだとわかったんじゃ」

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