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第38話<情愛>

今日も小雪がちらつく寒さの中、月見が原へやって来た。 婆様が死んでから、やっぱり一人が寂しくて佐助の足は毎日月見が原へ向かってしまう。連日の呼び出しにも関わらず、嵬仁丸は嫌な顔をせずに会いに来てくれた。 嵬仁丸は寒さにはめっぽう強いのだそうだが、さすがに今日の寒さは佐助には厳しいと思ったのか、月見が原に現れて早々に佐助についてくるように言った。 いつもの草原からしばらく急勾配を上り、鬱蒼と常緑樹が葉を茂らせる中を進むうち、岩壁に突き当たった。今度は岩壁に沿って歩いていたら突然前を歩いていた嵬仁丸の姿が消えた。 あれ? きょろきょろする佐助に「こっちだ」と笑いを含んだ嵬仁丸の声が聞こえ、びっくりして振り返る。 今来た岩壁に割れ目があり、そこに嵬仁丸が立っている。ちょうど返しの様になっていてこの向きからでないと、そこに割れ目があるのが見えなかったのだ。 洞穴になっとるんかな? 佐助と婆様も酷い嵐の時など小屋がもつか怪しい時は、近くの小さな自然の洞穴に逃げ込んだ。 嵬仁丸について入り口から割れ目に沿って少し進むと、急に視界がひらけた。そこには大きな空間が広がっていて足元は綺麗に平らにならされている。しかも、洞窟の中は真っ暗な筈なのに上から幾筋かの光が落ちてきていてほんのり明るい。そして感じる生活の匂い。 「ここは……嵬仁丸様の家なん?」 当の嵬仁丸は奥まったところでなにやらごそごそやっている。近づいてみると大量の干し草の上に大きな布が敷かれていて、それを前足や鼻先でこんもりとした形に整えているようだ。 満足する形になったのか、ふんと鼻を鳴らすとこちらを振り返り、ここに座れと言うような仕草を見せた。 佐助が腰を掛けてみると重さで少し沈んだがなかなかよい心地だ。嵬仁丸も乗っかってきて佐助の隣に座った。 「いっつもここで寝起きしとるん?」 「そうだ。私は生れたときからここに住んでいる」 「すごく広いね。まだ奥まで続いとるん?なんで洞穴の中なのに明るいん?」 「後で奥まで案内しよう。いくつか別の間があるし、そのまま奥へ行くと別の出口に繋がっている。明かりは明り取りの穴に水晶が埋め込まれていて、陽の光や月の光が届くようになっている」 「へええ、すごいねえ。誰が作ったん?」 「さあな。父なのかそれより前の先祖なのか、私の先祖を神と崇めていた民なのか……」 嵬仁丸様がおっ父様の話をするとき、いつも少し翳りのようなものを感じるんは気のせいじゃろか。何かあるんかな?寂しくなるんかな? 佐助は体を傾け、ぽふっと嵬仁丸にもたれ掛かった。うーん、いつもながらふわふわであったかくて気持ちがいい。特に冬毛は細く柔らかい毛がみっしり詰まっていて触り心地も素晴らしい。 「嵬仁丸様はこの毛皮を着とったら、どんな寒さでも平気なん?」 「そうだな。真冬の夜にきんと冷えた空気の中、月の光を浴びながら走るのはなかなかに爽快だ」 「ふーん、おらが寝とる間にそんなことしとるんね。きっと綺麗じゃろうなあ」 月光を浴びて光り輝きながら疾走する嵬仁丸の姿を想像してうっとりする。いつか見てみたい。 「やっぱりぬくぬくじゃから、最近はずっと狼の姿でおるん?」 「ん……いや、まあ……。佐助は、嫌か?」 「ううん、どっちの姿も好きじゃって前に言うたじゃろ?」 あ、今ちょっと尻尾が揺れた。 だけど、その前に妙な間が無かったか?問いに問いで返ってきたし。嵬仁丸の目を覗き込むように窺うと、誤魔化すように首をぶるぶる振った。

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