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第40話
「なんだ、そんなん恥ずかしがらんと言えばいいのに。こういうのが好きならこれからいっぱいしたげんね?」
耳の付け根のしょりしょりを再開する。嵬仁丸の体の緊張がまたふっと解けたのが分かった。
「だが……この姿で触れられていると困ることもある」
「どんな?」
「どうしてもしたくなってしまうことがある」
「なに?」
「佐助、一度やってみてもよいか?嫌なら、もうやらぬ」
「ん?いいよ」
佐助がそう答えるやいなや、嵬仁丸ががばと身を起こし、太い前足を佐助の肩にかけ寝床の上に佐助を押し倒した。
四本の脚の間に佐助の体を挟み上から見下ろしてくる。そしてやにわに屈んだと思ったら、佐助の頬を長い舌でべろりと舐めた。
「ひゃっ」
思わず声が出た。嵬仁丸がちょっと悲しそうな顔をして身を引いた気がして、慌てて両手でその頭を捕まえる。
「びっくりしただけ。嫌でないよ?」
よく狼たちもやっているのを見る。親愛の情を表す行為なんかな?
「本当か?」
「うん。ふふ、心配ならおらの心を読んでみたら?」
安心したように鼻面 をもう一度佐助の顔に寄せ、嵬仁丸がぺろぺろと頬を舐め始めた。時折長い舌が耳に触れ、くすぐったくて佐助はころころと笑う。
「ひゃあ、耳はいかん、こそばいんよ!くふふふ」
佐助が笑うのが面白いのか嵬仁丸が止めようとしないので、その首に両腕をかけて抱きついて舌から逃げる。ばたばた暴れる内に二人は抱き合ったままごろんと転がった。
「んもう、耳はえらいくすぐったいから駄目。耳すんのなら、ほっぺもいかんよ」
「分かった。耳はしない」
「うん」
「佐助、覚えているか?お前が初めて獣の姿の私と会った時の事を」
「里の子らに襲われとるんを助けてくれた時?」
「そうだ。あのとき、私がお前の頬を舐めたらお前は気を失ってしまった」
「え……あー、そうじゃったかな?あん時は自分がこれから喰われるんじゃと思うとったし、体中が痛うて朦朧 としとったしなぁ」
嵬仁丸の首元のふかふかの毛に顔を埋 めて擦り付けると、とても気持ちがいい。
「あ、もしかして、気にしとったん?心配せんで、今はほっぺを舐められてももちろん怖うないからね」
両腕を大きな体に回してもしゃもしゃと滑らかで長い毛足を堪能する。
「あー、ふかふかでぬくぬくでなんか眠とうなる……」
嵬仁丸の胸からとくんとくんと伝わって来る鼓動も眠気を誘う。瞼を開けているのがだんだん辛くなってきた。
「佐助のことはお前がこの山へやって来た日から知っている。だが、あの日、初めてお前の前にこの姿を現した日。邪気も恐れも無い澄んだ目で真っ直ぐ私を見つめ、お前はこちらへ手を伸ばしてきた」
「うん……」
睡魔に負けて、とうとう瞼が落ちた。
「あの時お前が掴んだのは私の毛並みだけではない。あの日から私はお前に囚われている。
この情念がどういうものなのか、未だ私にはよく分からぬ。ただ、ひたすらにお前が愛おしく目を離すことができない。
激しすぎる愛憎や執着は災いを呼ぶ。誰よりもそれを知っているから、近づかぬようにしていたのに……私は、弱い」
すうすうと寝息を立て始めた佐助の耳にはきっと届いていない。そう知りながら、嵬仁丸は腕の中の佐助に静かに語り掛けた。
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