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第42話

月見が原に着くと、もう嵬仁丸の姿があった。最近はこうして先に来て待っていてくれることも度々あったのだが、今日は珍しく人の姿だ。 久し振りに見たせいか、振り返ってこちらに微笑みかけるその整った顔立ちと美しい髪にちょっとどきどきしてしまう。 「ほら、兎にやろうと思って芹を採ってきたん。嵬仁丸様、今日は人の姿なんね?」 「ああ、手を使いたいことがあったのでな」 二人で芹を野兎にやりながらひとしきり遊んだところで、嵬仁丸が木にもたれて腰を下ろし佐助を手招いた。 「向こうを向いてここに座れ」と自分の開いた足の間を指すので、言われた通りに地面に腰を下ろして膝を抱える。 嵬仁丸は(たもと)から何か取り出すと、佐助にも見えるように背後から手を前に伸ばしてきた。 「わあ、綺麗な色じゃねえ」 嵬仁丸の手にあったのは緋色の美しい組紐だった。 「これが切れかけているだろう?」 嵬仁丸は佐助が無造作に後ろで髪を束ねている麻紐を(つつ)いた。 嵬仁丸の指が傷んだ粗末な麻紐を(ほど)く。佐助の白い髪がぱさりと肩に落ちた。 「そんな上等そうなん、おらには勿体ないやね。どうしたん、それ?」 「家にあったものだ。祖先のものか、貢物だかよく知らぬものが色々あってな。これがお前の髪に似合うと思ったのだ」 佐助の髪を手櫛で整えながら嵬仁丸が言う。 「佐助、また背が伸びたようだな」 「うん、そうかも。前は届かんかった枝に手が届くようになっとるなあって昨日も思うたとこじゃった」 「体つきもしっかりしてきた。人の成長は早いな」 と、確かめるように佐助の肩や腕に触れる。 そうかも知れない。神社で初めて人の姿の嵬仁丸に出会ってから、自分は随分大きくなり嵬仁丸を見上げる角度も変わってきているが、嵬仁丸はまったくあの日のまんまのような気がする。 手櫛で整えた髪をひとつに束ね、それに嵬仁丸がくるくると組紐を巻き付けてゆく。 「出来た。なかなか良いぞ」 佐助はくるりと向きを変え、嵬仁丸に向かい合った。 「貰うていいん?嵬仁丸様のしろがねの髪にも合いそうじゃけど」 手を伸ばして嵬仁丸の長い髪をさらさらと(もてあそ)ぶ。 「獣に変化する時、また絡まってもいかんのでな。それに佐助によく似合っている」 そう言って微笑む顔がちかちかと眩しく感じるのはしろがねの髪のせい?佐助は目を(しばた)いた。 物を貰うことよりも、嵬仁丸が自分の些細なことを気付いていてくれたり、佐助に似合いそうだと紐を選んでくれたことが、なんだかすごく嬉しい。 「改めて見れば、顔も随分大人びてきたな」 手の平で佐助の頬を撫でながら優しく笑う顔を間近に見て、胸がとくんと音を立てた。 「ん?どうした、顔が赤い。お前は肌が真白なのでよく目立つ」 嵬仁丸が指の背で佐助の頬をすうっとなぞった。 とくん、とくん、とくん。 あれ?どうしたんじゃろ。 ほっぺなんて最近は狼の姿の時にしょっちゅう舐められとるのに。 見上げれば、黄金色の瞳が自分を優しく見つめている。 ああ、綺麗じゃなあ……おら、この目が好きじゃ。 けど綺麗だから好きなんじゃのうて……嵬仁丸様の目だから好きなんじゃ。 おらは嵬仁丸様が好きじゃから。他の何よりも好きじゃから……ほんで、嵬仁丸様がおらのことをちゃんと見てくれるんが嬉しい。 ふつふつと気持ちが胸に溢れ出し、そこからは無意識だった。

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