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第45話

「ねえ、嵬仁丸様はおらのおっ母を見たことがあるんよね。どんな人じゃったか覚えとる?」 嵬仁丸は頷いた。 「私の思う美醜が他のものと合っているのか定かではないが、美しい女子(おなご)だった。そういえば、このところ佐助は母親に顔立ちが似てきたかもしれぬな」 「ふーん、おらはおっ母に似とるんかあ。そんな風に言われると、おらに本当におっ母がおったんじゃっていう気になるなぁ」 佐助は母のことを何一つ覚えていない。勿論、優しく抱かれ無償の母の愛を受け取っていた記憶もない。 「おらね、里の子供や獣の子供みたいにおっ母に大事に大事にされた覚えがないし、一人だけ見てくれも違っとるし、もしかしたらおらは人から生まれたんではなくて、繭とか木の実から生まれたんかもしれんって、小さい頃思うとったんよ。ふふ、おかしいやね」 嵬仁丸が慰めるように顔を摺り寄せる。 「そんでもおらの顔がおっ母に似とるんなら、おらはやっぱりおっ母から生まれたんやね。おらねえ、辛い事や嫌な事があったとしても、なるべく早う忘れるようにしとるん。だって、時の流れ方を逆さにすることは出来んから、もう起きてしまったことは変えられんし、なんでこんな風になったと訳を探したり、あの時ああしとればって悔いても、どうせままならんから今がしんどうなるだけじゃろ?」 「佐助、お前は良いことを言うな」 「え?そう?まあとにかく、おらはあんまり過ぎたことは考えんようにしとったん。 例えば、おらはなんでこんな体で生まれたんかって考えたところで、どうにもならんから考えるだけ無駄じゃろ?それよか、ちゃんと動く手も足もあれば滅多に風邪もひかん丈夫な体じゃと思うとった方が楽じゃし。 そんでもおっ母の話を聞いてからは、ちょっぴり『もし』を考えてしまうなぁ。もし、おらが普通の色で生まれとったら、あんなに早うにおっ母が死んでしまうこともなかったんかな。せめてもう少し、おらがおっ母の顔やら声やらを覚えておられるくらいまで一緒におりたかったなあ、とかね。 勿論、婆様に大事に育ててもろうておらは恵まれとったと思うとるけど、どっちの親の顔も知らんってちょっと寂しいやね」 「そうだな」 「嵬仁丸様はおっ父様に似とるんじゃっけ?おっ母様には似とらんの?あー、嵬仁丸様のおっ母様も早うに亡くなったんね?おらみたいに覚えとらん?」 「いや、お前ほど幼い時ではないから、私には記憶がある。母の顔も姿も、とても優しかったことも父と仲睦まじかったこともよく覚えている」 「そうなんね。やっぱり病で亡くなったん?」 何気なく問いかけた佐助は、凭れている嵬仁丸の体が僅かに強張ったことに気が付いた。

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