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第49話

ああ、なんという……なんという……。 佐助の両目から涙が零れ落ちた。 あまりの衝撃にすぐには言葉が出てこない。 「佐助、そのようにお前が泣かずともよい。もうずっと昔の話だ」 嵬仁丸は穏やかな声でそう言ったが、昔だからといってその恐ろしさや哀しさが薄れるわけではないだろう。 「……なんで、人の世はこんなに悲しい事や辛いことが溢れとるん……? おら、虫や魚、獣たちはいつ自分が喰われる分からん中で、死と隣り合わせで生きとるんが大変じゃなあと思うとったん。その点、人は山で運悪く熊に出会うたりせねば、安心して暮らせるんが幸せじゃなって。 それなのに、なんなんじゃ……なんで皆でのどかに暮らしていくことができんの?人は争って誰かを傷付けねば生きられん生き物なん?」 ぽろぽろと佐助の頬を零れる涙を、嵬仁丸の舌が優しく舐め取る。 「婆様はお前になるだけ人の醜さを見せぬように育ててきたのに、このような話を聞かせて悪かったな。長らく誰にも話さずいたことを……すまぬ、佐助。私は、お前に甘え過ぎている」 佐助は激しく首を横に振る。 「違う、そうでない。婆様も最後に抱えとったもんを吐き出して、本当にすっきりとした顔になったんじゃ。嵬仁丸様がおらに話してくれたことはええんよ。おらが聞いたところで何ができる訳でもないけども……そんでも、嵬仁丸様の気持ちには寄り添ってあげられるじゃろ」 両腕を嵬仁丸の首に回して抱き締める。 なんも悪いことしとらんのに目の前でおっ母様を殺されて、自分じゃって怖うて哀しかったはずじゃのに……その上おっ父様までそんげなことになって、まだ幼かった嵬仁丸様は一人残されたんじゃ……。 どんなに辛く苦しかったろうと、嵬仁丸の胸中を思うと佐助の胸まできりきりと痛む。 「もしかして嵬仁丸様も里の人に狙われたん?」 「戦いの間はあの家から出るなと言われていた。だが、私は何度も母に連れられ里へ下りていたから広く存在を知られている。 父を失った後、眷属の狼に連れられ、ほとぼりが冷めるまで人が立ち入れぬ険しい山の最奥で生き残った狼たちと暮らしていた。まだ体が小さかったから獣の姿でいれば狼たちに紛れることができたのだ。 長く続いていた辺り一帯の戦が終わったと鳥たちから聞き、ようやくここへ戻って来た。これで一連の狂気から皆目が覚めるはずだ。山にも里にも穏やかな暮らしがやがて戻るだろうと思っていた」 「そうならんかったん?」 「渡り鳥達の話では、世の中は落ち着きを取り戻し、徐々に戦の傷が癒えてきているというのに、この辺りの里の者たちはいつまでも暗い顔をして小競り合いを繰り返していた。 長らく狼たちが不在だったために鹿や猪が増えすぎ、里の作物を荒らしていたからかと思ったが、よくよく様子を窺ってみれば、たくさんの鬼たちが里に蔓延はびこっていたのだ」 佐助ははっとした。 そうじゃ、元々は嵬仁丸様が鬼を捕まえるという話から始まったんでなかったか?いや、正しくは嵬仁丸様のおっ母様の話からじゃったか? それに、さっきおっ父様も鬼になってしまったと言うとらんかったか?

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