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第50話

「じゃから、嵬仁丸様は鬼を捕まえるようになったん?里の人の為に?」 そんでも、里の人たちに両親(りょうおや)を殺されたんじゃろ? 「……長い間、私はただ見ていた。母と父の死に際の姿は脳裏に焼き付いていたし、いつまでも(いさか)いを続ける人の愚かさに呆れもして、人と言うのはそのうち滅びる生き物なのかもしれぬと思いながらな。 だがずっと眺めているうちに……諍いの合間に見える人々の暮らしに、戦が始まる前、母に連れられて里へ行ったときの事を思い出した。平和だったあの頃は里の者たちはもっとよく笑い朗らかで、母や私にとてもよくしてくれたのだ。 それに母は、私や父だけでなく里の者たちの事も大切に思っていたからこそ、危険をおかしてまで宥めに行こうとしたのではなかったのか。 それに……なにより鬼となってなお怒りの業火に焼かれながら里への恨みを晴らさんと、ひときわ深い闇を撒き散らし彷徨い続けている父の姿を見続けるのは辛いことだった。 母の亡骸は父が手放さなかったし、父の亡骸は毒が回っていたから、どちらも獣たちにはやらずに私は土に埋めて墓を作った。そうやって残った体だけでも一緒にいられるようにと思ったのに、あれだけ母を溺愛し執着していた肝心の父の魂は里を彷徨い続ける。しかも、母の最後の願いとまったく逆の事を望みながらだ。 人の命は私に比べればずっと短い。荒んで過ちを犯した者たちから世代は変わってゆく。何も知らず罪もなく生まれた子たちが巻き込まれていくのも酷に見えた。 だから一度、元に戻してやったらどうだろうと考えたのだ。それでもなお人々が変わらぬのであれば、その時は見放せばよいとな」 「嵬仁丸様は……すごいやね……仇討ちするんでのうて、手を差し伸べたやなんて。そりゃおっ父様が怒りに任せておっ母様を殺した相手を殺やってしもうて最悪の結末になったかもしれんけど……愚かな人間を冷ややかに見とるだけでも我慢がいったじゃろ?それなのに……」 「そのように立派なものではない。もしかしたら、私が自分一人が生き残った意味を見つけたかっただけかも知れぬ。だが、里に蔓延る鬼の数が減るにつれて里の者たちは次第に落ち着きを取り戻した」 「……鬼の中にはおっ父様もおったんじゃろう?それを捕まえるんは……辛かったじゃろうね」 嵬仁丸の心中(しんちゅう)を思うと切なくなるが、佐助に出来ることと言えばその背中を精一杯優しく撫でることぐらいだ。 「……鬼の父を捕まえるのには、最も苦労をした。もしやと思って語り掛けてみたが通じることは無かったし、あまりの強さに何度もこちらが飲み込まれそうにもなった。 さすがに里のものたちと同じ所に封じるのは(はばか)られて、父だけは墓に封じている。いつか己の体が母と同じ所にあると気が付いて、安らいでくれるとよいのだが」 「そうじゃね、きっといつかそうなるよ」 佐助の言葉に、嵬仁丸が小さく息をつき、長い舌で頬を舐めた。 「本当は私のしたことに意味があったのか、正しかったのか、ずっと分からずにいたのだ。鬼を生んでしまったことに人は責せめを負って生きていくべきなのかもしれぬし、理不尽な死によって鬼になった者たちの望みは広い意味では人が自分と同じように苦しむことだろう。それを私が勝手に封じてしまったのだからな。父とて、今一番殺したいのは、恨みを忘れ自分の邪魔だてをした私かも知れぬ」 そんな……。 思わず、大きな体を抱きしめる佐助の腕に力が籠る。

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