「何をしているのだ？」 土の上に小枝で色々な線や形を書いている佐助のもとに嵬仁丸がやってきた。 「小屋の傷みが酷うて、直しても直してもすぐまた違うところが駄目になるんで、いっそ一から建ててみようかと思っとるんよ。そんで、どういう大きさの板がどれくらいいるんか考えとったん」 佐助の住んでいる小屋は、昔、山に人が出入りしていたころの猟師小屋を直し直し使ってきたものらしい。 「一人で作るのか」 「うん、おら一人が住むぐらいの小屋ならなんとかなるんでないかな。木を切り出すところから始めるから時間は掛かるかもしれんけど、おらにはたっぷり暇があるし」 嵬仁丸がなにか言いたそうな顔をしたが、佐助は気付かぬ振りをした。 「このまえ里に下りたとき、さりげのう里の家の造りとか色々見てきたんよ。あ、柱立てるときだけ嵬仁丸様に手伝うてもらえると、助かるかもしれん」 佐助はますます背が伸び、もうすっかり大人の体つきになった。枝の様に細かった腕もしなやかな筋肉を纏っている。 山の暮らしでは自分の顔を見ることなど殆どないので佐助自身はまるで気付いていないが、その面立ちも幼さが消え随分青年らしくなった。内から滲む若さが真っ白い肌に更に輝くような瑞々しさを与え、嵬仁丸は眩しいものでも見るように目を細めた。 「このところ畑を広げて新しいものを育ててみたり、忙しそうだな」 「んー、楽しんどるだけじゃよ。多めに作っとれば、悪戯うり坊やら食いしん坊の鳥たちに少々喰われても笑っとれるしね」 朗らかに笑う佐助は、ふと思い出した。 「そういえば、昨夜(ゆうべ)月がよう出とったから、鬼を捕まえに行ったんやないん？首尾よういったん？」 このところこの辺りは平穏が続いていたが、久しぶりに山向こうの里に鬼が出たらしい。嵬仁丸の精力は月の満ち欠けに大きく影響され、満月に最も強くなる。鬼を捕えるにはかなりの力を必要とするので、満月が近づくのを待っていたのだ。 そして鬼狩りは人々の寝静まった真夜中に行われる。 「ああ。日が昇る前にいつもの場所に封じてきた」 「そんなら疲れとるんでないん？そういう時は無理せんでええよって言うたのに」 「私が会いたかったから来たのだ」 「ふふ。そんなら、ここで休んだらええね。おらは横でこれの続きを考えとるからさ」 佐助が自分の隣をとんとんと叩けば、嵬仁丸は佐助の体に触れる程近くに腹ばいになり前足に顎を載せた。 「今の小屋を壊して、そこに建てるのか？」 「それじゃと作っとる間、寝る所に困るじゃろ？しばらくかかるじゃろうし。だから、すぐ隣に新しいんを建てて出来上がったら古いんを壊すつもり」 「そうか」 「そこにまた何か作ってもええかもねえ」 背中をゆっくり撫でながら話していたら、次第に嵬仁丸の瞬きが多くなってきた。 「寝たら？おら、ここにおるよ」 耳の後ろから首のあたりを繰り返し撫でてやると、嵬仁丸の瞼が徐々に落ちてきて、腹がゆっくりと規則的に上下し始めた。 ふふふ、家でゆっくり寝とれば良かったのに。そんでも会いに来てくれて嬉しい。それに、こんな安心しきって眠る姿を見せてくれるんも嬉しいもんやね。 さっき、小屋を建て直す話をしたとき、嵬仁丸様はきっと自分の家で一緒に住めばいいと言いたかったんじゃろな。有難いけども、それはせん方がいいような気がするんよ。だってさ……。 佐助は隣で眠る大きな獣の背をそっと撫でた。