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第53話
その夜は佐助が床に入る前から遠くでごろごろと雷鳴が響いていた。今のところ夜空には星も見えていて雨も風もないので、そのうちおさまるだろうと目を閉じた。
どれぐらい眠っただろうか。ズドンという大きな音と振動に佐助は飛び起きた。今聞いた音が雷だと理解した途端、明り取りの格子から閃光がバリバリという音と共に飛び込み、またズドンと来た。
これは近い。相変わらず雨は降っていないようだが、今までに聞いた事も無いような雷の音だ。洞穴へ逃げ込んだ方が良いかもしれない。
そう思った矢先、目も眩むような閃光が走り耳をつんざく雷鳴が轟いた。バシン!という音と体が跳ねる程の地響きに危険を感じて、やはり洞穴まで走ろうと立ち上がった時、メリメリという聞きなれぬ音が聞こえて、佐助は小屋を飛び出した。
ちょうどその時また暗闇を白くした稲光の中に、予想もしないものが浮かび上がった。
近くの大木がこちらに向かって倒れてくる!
佐助は咄嗟に真横に駆けた。
メリメリ、バキバキ、ズシーンという轟音と地響きに振り返れば、倒れてきた木の下敷きになった小屋が見るも無残にひしゃげていた。
危なかった……。もう少しでおらもあの下敷きになるとこじゃった。
当たりには焦げ臭い匂いが漂っている。あの木に雷が落ちて裂けたんじゃな。大木の根元辺りからプスプス、パチパチという音が微かに聞こえる。
燃えとるんじゃろか、山火事になったりせんといいが。様子を見に行こうか、いやまた雷が落ちるかもしれんから洞穴へ逃げ込むんが先か?
その時ぶわっと風を感じたと思ったら暗闇の中からぬっと嵬仁丸が姿を現した。
「佐助!無事であったか」
嵬仁丸は、はっはっと荒い息をしている。
おらを心配して駆けつけてくれたん?
「うん、間一髪で助かった。あの木に雷が落ちたらしいんじゃけど、周りが燃えとるかもしれん。山火事にならんように火を消した方がいいかも」
佐助の言葉に、嵬仁丸が鼻先をつんと上げ天を仰いだ。
「いや、じきに雨が来る。それで火は消えるだろう。それより先に安全なところへ隠れた方がよい」
嵬仁丸が言い終わらぬうちに、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきたと思ったら、一気に土砂降りになった。
佐助は暗闇の中を嵬仁丸を追って走り、近くの洞穴へと駆け込んだ。
「ひゃー、凄い雨と雷じゃねえ」
二人ともすっかりずぶ濡れだ。
「佐助もう少し奥へ行け」
そう促し、嵬仁丸が入り口辺りでぶるぶるっと体を振るうと長い毛から飛沫 が四方に飛び散った。
「獣たちも皆怯えとるじゃろねえ。あの倒れた木にりすや鳥の巣が無かったんならええんじゃけど」
「何を他人事のように……」
奥へ入って来た嵬仁丸が後脚で立ち上がり前足で佐助の体を岩壁に押し付ける。
「お前の顔を見るまで生きた心地がしなかったぞ……」
そう言って佐助の顔を忙 しく舐めまわす。
ああ、すごく心配してくれたんね。確かにおらがあの下敷きになっとったら、嵬仁丸様をひとりにしてしまうところじゃった。ずっと一緒におるって約束したのに。
そうか……嵬仁丸様が何が起こるか分からぬといつも狼たちに見張らせとるんは、おらが思うとるよりもずっと、嵬仁丸様はおらに何かが起こることを恐れとるんか。
安心させるように体を抱き締め、「こんげに恐ろしい雷の中来てくれたんね。嵬仁丸様も無事でよかった」と頬ずりすれば、やっと嵬仁丸は鼻を鳴らして前足を地に下ろした。
「もうこれ以上雷が落ちんとええけど」
腰を下ろし激しい雷鳴と雨足を眺める佐助に嵬仁丸が言った。
「あまり酷いとまた人が『神の怒りが』などと騒ぎだす」
「ああ……そんでも人って面白いやね。目に見えんもんを勝手に頭ん中で作り上げて有難がったり怖がったり。きっと獣はそんな想像したこともないじゃろし、出来んのやろね」
嵬仁丸が横から佐助をまじまじと見る。
「お前の小屋は潰れてしまっていたが、大事なものはなかったのか?」
「ん?別に。おら、なんにも持っとらんからね。薬草や食いもんはまた採ればええし、まあ、鍋、包丁やら鋸なんかの金物くらいかなあ。落ち着いたら見に行ってみる。でもまあ考えようによっては、古い小屋は壊す手間が省けたし倒れた木も焼け焦げとらんところは使えるじゃろし、木を切り倒す手間も省けたかもなあ」
「はは、呑気なやつめ。しかしお前のいつも物事を悪くばかりとらえないのは良いところだ」
「まあ起きてしまったことは変えられんしね」
「だが、当分寝る所に困るだろう。私のところに来るとよい」
「うん、そうさせてもらえるとありがたいな」
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