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第54話
だが、雨が小降りになるのを待って嵬仁丸の家へやって来ると、嵬仁丸が急に落ち着きを失くし始めた。
「濡れたままではよくない。大きいが私の衣に着替えろ」と持ってきてくれたあたりからおかしいのだ。
あげく、「お前はここで寝ろ」と干し草の寝床を指し、自分は別の間の床で寝ると言う。
「え、なんで?そんなん悪いやね、これは嵬仁丸様の寝床じゃろ、一緒じゃと眠れんのじゃったらおらがそっち行くよ?
ん?でも嵬仁丸様、こないだおらの前で寝とったじゃろ。それに寝床も十分広いやね?一緒に寝れるじゃろ?」
忙しなく部屋をぐるぐると歩き回っていた嵬仁丸は「では、先に寝て待っていろ」と言って別の間に行ってしまった。
どうしたんじゃろ?
首を傾げた佐助が濡れた着物を脱ぎ、嵬仁丸からの借り物に袖を通すとふわっと嵬仁丸の匂いが鼻をくすぐった。いつも佐助が着ている膝丈の半着 ではなく、踝 まである長着 な上に、嵬仁丸の体格に合わせてあるのでそのままでは床をずるずると引き摺ってしまうほどの丈だ。なんとか腰ひもでたくしあげるが袖の長さはいかんともしがたい。
まあええか、寝るだけじゃし。
寝床に転がると、更に嵬仁丸の匂いに包まれた。ああ、嵬仁丸様……。
そこで、佐助はあることに思い及んで跳ね起きた。
そうじゃ!これはまずいんでないか?雷騒動のせいですっかり頭から抜け落ちとった。おら、最近おかしいんじゃったよ……。
「なんだ、寝ておらぬのか。ふふ、やはりお前には大きすぎるな」
嵬仁丸の声に振り返って、佐助は絶句した。
「っ……な、なんで?」
嵬仁丸が人の姿になっていたからだ。しかもいつも着ている狩衣姿ではなく、佐助に貸したような長着の着物をゆるりと着ている。
「毛皮がなければ駄目か?だが、今は満月が近くて……ん?佐助、どうした?」
真っ赤にした顔を俯ける佐助の傍らにやってきて、顔を覗き込む。
「あ、いや……なんで、急にその姿なんかなぁと」
「いや……月が満ちると少々不都合があって……獣の姿では尚更なのでな。だから別の間でと……佐助、お前はどうしたのだ」
「ん……おら、最近おかしくて……」
言い淀む佐助の顎に指をかけ、嵬仁丸は顔を上げさせた。そして、首筋に鼻を近づけるスンと匂いを嗅いだ。
「発情するのか」
「!!」
「恥ずかしがることではない。雄なら人でも獣でも当たり前のことだ。それに人には獣のような決まった発情期がない。だが……」
そこで言葉を切った嵬仁丸が佐助の瞳の奥を覗き込むようにするので、佐助は益々顔を赤くした。
「佐助……」
「そ、そんでもやっぱりおらはおかしいんじゃ。おら、男なのに、夜ふと嵬仁丸様のことを考えたり夢を見たりすると……じゃから、やっぱり一緒には……」
間近で見つめられているのがいたたまれなくなって、佐助は目をつむった。ふっと嵬仁丸から笑いが漏れたような気がして、恥ずかしさに益々固く瞼を閉じる。
「そうか……私と同じだな」
「え?」
驚いて目を開くと、そこには先程までとはまるで違う表情の嵬仁丸がいた。
「お前を襲わぬように人形 になったというのに。獣の姿では余計に血が騒いで抑えがきかぬから」
「おらは嵬仁丸様が人の姿の方が余計にどきどきしてしまうんじゃけど……あっ」
嵬仁丸に抱きしめられたと思ったら、そのまま寝床に押し倒された。
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