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第55話
がばと覆いかぶさった嵬仁丸を、佐助は慌てて腕を突っ張ってその大きな体を押し返そうとする。だがまるで歯が立たないので、懸命に首を振って嵬仁丸の唇から逃れた。
「だ、だめじゃ、嵬仁丸様」
「何故だ?お前が同じように私に欲をもってくれたことが私は嬉しくてたまらぬのに」
嵬仁丸が切なげに眉を寄せる。
「だ、だって、狼は一度、番 を決めたら添い遂げるじゃろ?だから、おらと番 うてしもうたら、い、いかんのじゃないかな……」
「それは、私と番うのが嫌ということか?私のことが好きだと言ったのは嘘か。ずっと私の傍にいると言ったのは偽 りか」
「そうじゃのうて……おらは子を産めんから……嵬仁丸様はたった一人の人狼の生き残りじゃから、ちゃんと女子 と番うて子孫を残さんといかんじゃろ」
「番いたい女子 などおらぬ。なにより、私は自分のような運命 を負った子孫を遺したいと思わぬ。
私が欲しいのは、佐助、お前だけだ」
熱っぽい瞳で見つめながら、甘く切ない声で口説く嵬仁丸に頬を撫でられ、佐助は益々顔を赤くした。胸がどくどくと大きな音を立て、痛い。頭に血がのぼって、ぼうっとする。
「嵬仁丸様……」
「今までどれだけ私が我慢をしてきたと思うのだ。お前がよいのだ、お前しかいらぬ」
嵬仁丸が鼻先を佐助の鼻に摺り寄せる。
「佐助。私と契 り、私の番になってくれ」
自分を望むその言葉に歓喜しながらも、佐助の頭には別の懸念がよぎる。
おらが嵬仁丸様と番になって、もっと深く嵬仁丸様と繋がったら……おらが死んだ後、嵬仁丸様はその先の長い命をより強い孤独に耐えていかねばならんのではないか?
婆様が死んで、ずっと一緒に暮らした小屋のそこここに残る婆様の記憶に、自分は度々寂しさをつのらせたのだ。嵬仁丸が自分の家で一緒に暮らせと言いたげにしていたのを気付かぬ振りをしたのは、そんな考えもあってのことだった。
おらにはその寂しさを埋めてくれる嵬仁丸様がずっと傍にいてくれた。だけど、おらが死んだら嵬仁丸様はまた一人ぼっちになってしまう……。
だが、熱のこもった目で見つめながら佐助の答えを待つ嵬仁丸の顔を見上げれば、心は揺れる。
ここでおらが嫌だと言ったら嵬仁丸様は傷付くに違いない。
「……佐助?」
「嵬仁丸様」
両手で嵬仁丸の顔を挟んで引き寄せた。そして「おらのここ、読んで」と自分の額に嵬仁丸の額をこつんと合わせた。
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