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第66話<約束>

番となって、嵬仁丸は今まで以上に佐助のことを溺愛するようになった。最初のころはそれこそ片時も離れたくないと言わんばかりに佐助を傍に置きたがった。 佐助にしてみればそれほどまでに自分を望まれるのはやはり嬉しく、幼いころ感じていた寂しさを今になって溢れんばかりの愛情で埋められているかのように感じる。もしかしたら、嵬仁丸も長すぎた孤独がそうさせているのかもしれない。 だが、四六時中ふたりでひっついているわけにもいかない。嵬仁丸と佐助は狼同士の番でも人同士の番でもないのだ。嵬仁丸には担っている役割があるし、佐助も生きていくためにしなければならないことがある。 そんなわけで、昼間はそれぞれのことをちゃんとしようと嵬仁丸を説き伏せた。佐助は畑を耕し、魚を獲り、木の実や茸、薬草を採る。倒れた木と小屋を片付け、新たな小屋を建てる準備をする。 嵬仁丸はもう小屋など必要ないだろうと言ったが、長く日に当たり続けると肌が赤く腫れあがってしまう佐助のためにも、畑の道具のためにも日差しや風雨を凌げるものがあったほうがいい。 嵬仁丸は今まで通り、二つの山を見回ったり、獣の命を受け取りに行ったり。満月が近く力が満ちている時期には鬼を封印している谷と両親の墓の結界を(あらた)めにもゆく。 各々の用事が済めば、月見が原へ行ってゆったりと獣たちと戯れながら過ごし、日が落ちたら洞穴の家に帰る。 そして夜毎に睦み合う。嵬仁丸は飽くことなく佐助を求め、佐助の体もすっかり嵬仁丸に馴染んだ。もう苦痛を感じることもない。それどころか体が快感を覚え、あまり焦らされると、早く欲しいとねだることすらある。それがまた嵬仁丸を喜ばせるとも知らずに。 だが、佐助の変化はそれだけではなかった。 ぼんやりとだが、獣たちの思念が読み取れるようになってきた気がするのだ。最初は山の主の伴侶として獣たちが親しみを寄せてきたからそのように感じるのかと思っていたが、日を追うごとにそれは強くなり、眷属の狼たちに至ってはかなり意思疎通が図れるようになってきた。 毎夜、嵬仁丸のものを体内に注ぎ込まれているからではないか。二人はそのように推しはかった。そう考えると確かに他にも思い当たる節があるのだ。閨での嵬仁丸は貪欲で、いつも佐助を限界まで追い詰める。しかし佐助は翌朝にはけろりとして疲労の影もない。嵬仁丸の強い生命力の影響を受けているのかもしれなかった。 「ふふふ、そのうちおらにもこんなふかふかの耳が生えてくるかもしれんね」 柔らかい毛がみっしり生えた嵬仁丸の耳をふにふにといじりながら佐助が笑う。 「それはさすがに困るのではないか?」 「そう?おら、別に今の姿に(こだわ)りはないよ。むしろ狼になれたら、おらも皆と一緒に月夜に走れんのに」 嵬仁丸の首元の毛に顔を埋めながら、佐助は真っ白い狼になった自分の姿を想像する。 赤い満月が出た夜。その日は日が暮れる前から狼たちがそわそわと落ち着きがなかった。それは嵬仁丸も例外ではなく、こんな夜は満ち溢れる力を持て余すので月の光を浴びて思いきり駆けたくなるという。そこで、一緒に月見が原へ出掛けたのだ。 そこから見える月は素晴らしく、佐助ですら大きく赤い月に魅せられた。山のあちらこちらから狼たちの遠吠えが聞こえてくる。 「皆で思う存分駆け回ってきたらええよ。おら、ここで子守をしとるし」 大人の狼の速さについていけぬちびすけ達はこの月見が原の中で走り回るのを見守っているからと送り出すと、嵬仁丸は狼たちを引き連れ駆け出して行った。 狼たちの走る姿は美しい。とりわけ、月の光を浴びてしろがねの光を散らしながら疾走する嵬仁丸の姿はあまりに雄々しく壮麗で溜息が出た。 揃って家に帰り「神々しい美しさじゃった」と言ったら「惚れ直したか」と褥にがばと押し倒された。そのままするすると人の姿になって、まぐわいを始めようとする。 「もう散々走って気が済んだんでないん?」 「月の及ぼす力は大きい。まだまだ治まらぬ。それに、子守をするお前の姿に私も惚れ直した。遠慮なくお前にじゃれつくあいつらに嫉妬もしたがな」 またあんな邪気のない子狼たち相手に何を言っているんだか。独占欲の強さに苦笑しながらも佐助は腕を開いて嵬仁丸を受け入れた。

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