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第67話

それほどまでに力を満たす月が出ていても、谷の結界を張り直しに行った日はいつもとても疲れて帰ってくる。何も知らぬ里の者たちの為に精力を使い果たして帰ってくる嵬仁丸に佐助は精気の()れる木の実や果実を用意しておいて食べさせた。 「一度始めてしまったからには、今更放り出せぬ」と言いながらも、きっとその胸中は今なお複雑だろう。何もできぬ自分にはこれぐらいしかしてやれることがないと、佐助はせっせと果実を集めて回るのだった。 ところがある夜、いつものように熱く交わり互いの腕の中で気怠い余韻に浸っているとき、嵬仁丸がぽそりと言った。 「佐助、もう私のために木の実や花を採ってこなくてよい」 「ん?どうして?やっぱりあんまり口に合わんの?」 「いや……そうではないが……」 「別におらの分を採るついでじゃから、手間でないよ?」 「……このところずっと私の一族がなぜこんなに長命なのかを考えていた。それは、精気を糧としているからではないのか」 確かにそれは嵬仁丸が人とも獣とも(たが)える最も大きな点かもしれない。 「山のもの達との約束があるから、彼らの魂は受け取ってやらねばならない。だが、それ以上の精気はもう要らぬ」 「でも、鬼狩りをしたり結界を張った日は精気が足りんようになってぐったりしとるじゃろ?」 「それでよいのだ。私は、できることならお前と一緒に歳をとりたい。それが叶わずともお前を亡くした後の時間を少しでも短くしたい」 「嵬仁丸様……」 嵬仁丸は佐助を抱きしめる。 「番になるときに言ったことは嘘ではない。だが、お前が心配したとおりでもある。お前と気持ちが通じ合い共に生きられる今が永遠に続けばよいのにと願ってしまう。いつか来る一人で生きる日々は酷く虚しいものになるに違いないからな」 「……なあ、嵬仁丸様、食った精気はどうなるん?」 「皆がものを食うのと同じだ。私の血となり肉となる」 「ふうん。そんなら、おらが死ぬときは嵬仁丸様がおらの魂を食ってくれん?どうしてもおらが先に寿命が来るじゃろうけど嵬仁丸様が最期におらの命を食ってくれれば、嵬仁丸様の一部になって、嵬仁丸様が生きとる限りずっと一緒におられるじゃろ?」 「佐助……」 「そうすれば、おらは嵬仁丸様をおいて死ぬんが悲しくなくなる。嵬仁様と一緒に生き続けるんじゃから。嵬仁丸様も少しは寂しくなくなるじゃろ?」 佐助は人差し指で嵬仁丸の眉間をぐりぐりともみほぐした。 「ほら、もう先の心配はなくなったじゃろ?おらも一日でも長く生きられるように頑張るし、嵬仁丸様のおらんところでうっかり死んでしまわんように気を付ける。じゃから、おらが死ぬときは必ず嵬仁丸様が魂を食って。そうすれば、ずっと一緒におれる」 山の仲間を見守っている心優しい山の主が、佐助が死んだからといって慕ってくれている獣たちのことを顧みず自ら命を縮めるようなことはしないと分かっている。ただ、ちょっと本音が漏れただけだ。そんな胸の内を晒してくれる相手になれたことが佐助は嬉しい。 両手で嵬仁丸の頬を挟んで、鼻を擦り合わせる。 「な、約束して?」 「佐助……お前にはかなわぬな。やはりお前は私の光だ」 佐助を抱きしめる腕に力が入る。 「分かった。お前の魂を受け取ってお前と私は永遠に一つになる。約束だ」 互いに瞳の奥を覗き込み、どちらからともなく唇を合わせ、抱き合う。 佐助の最期のことなのに、この約束は二人をより深いところで結びつけ、心の安寧をもたらし、とても温かく満ち足りた気持ちにした。そして、その口付けは永遠を誓い合う厳かな儀式のようにも感じられたのだった。

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