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第69話

見たところ骨が折れたりはしていないようだが手と脚を盛大に擦りむいたようで、特に脚はずるりと皮が剥け滲んだ血がたらたらと垂れている。 「これはちいと痛いやね。この後腫れてくるかもしれん。他に怪我しとらんか見せて」 佐助はそう言って女子(おなご)を石段にしっかり座らせた。手首や足首を曲げても痛くないというので、捻ってはいなさそうだ。 「この傷の血を止めてやるから、ちょっとばかしここで待っとれる?」 こくりと頷くので、佐助は藪の中に入りヨモギとチドメグサをいくらか摘み、手頃な石を手に戻った。 野草を石で叩いて擦りつぶしていると、女子(おなご)がおずおずと問いかけてきた。 「あんのぅ、親切にしてもろうてありがてぇけども……お前様は誰じゃ?聞いたことのない声じゃけども……」 「ん、おらは……佐助」 「佐助どん……」 女子(おなご)は腑に落ちないというように首を傾げている。そりゃあ知らんじゃろうな。里のもんに名を語ったことなどないのだ。今や佐助の名を知るのは嵬仁丸と山の獣だけだ。 「しばらくこうしとれば血が止まるし、その後の腫れも少のうて済む」 脚と手の傷にすりつぶした薬草を貼り付けてやりながら、問い返した。 「お前さんはこの下の里の子か?目が悪いのに一人で神社に来たんか?」 「おらは、しの。そこの里に住んどるよ。目は全然見えんわけではないん。近いところならちょっとは、見えとっ……ふぐっ」 急に声を詰まらせ、眉根をきゅっと寄せて泣きそうな顔をするので、佐助は慌てた。 「ど、どうしたんじゃ」 十五だと言うおしのが訥々(とつとつ)と話しはじめた。 幼い頃はちゃんと目が見えていたが、九つのとき大病をしてからすぐ近くのものの輪郭をぼんやり捉えるのが精いっぱいになってしまった。だから田んぼや畑仕事などは出来ず、ずっと家の中で機織りや藁を編む仕事をしてきたという。 「これでも手先が器用で、機織りの名手じゃって言うてもろうたこともあるん。じゃけど、最近また目が急に悪うなってきて……どんどん周りが暗うなってきたん。今まで出来とった機織り機に糸を通すんやら色合わせやらが人の手を借りんと難しいなってきて……何よりこのまんまどんどん悪うなってまったく見えんようになったらと思うと怖うて堪らんで……神様にお参りに来たん」 いつも織り上げた反物を引き取りにやってくる町の商人(あきんど)から、百日神様に参ったら願いが叶うという話を聞いたらしく、今日で三度目だという。 「気持ちはようわかるけども……危ないんでないか?あんまり出歩いたこともないんじゃろ?」 里の百姓たちのように土色に焼けていない肌が、それを物語っている。 「今日はこれくらいの怪我で済んだけども……ここの参道の石段は急で長い。誰か付き添うてくれる人はおらんの?」 「……おらん」 小さな声で呟いた娘はしょぼんと俯いた。だが、暫く項垂れていたおしのは、やがてくいと顔を上げた。 「大丈夫じゃ、これからはもっと気を付けて転ばんようにする。今日だって杖が見つからんで困っとったのに佐助どんに助けてもらえたんじゃ、神様はおらのころ見捨てておらせん」 それはまるで自分に言い聞かせるような口振りだった。 確かに目が全く見えなくなるのはとてつもない恐怖だろう。神様に縋りたくなる気持ちもよく分かる。当の神のことを佐助はおらぬと思っているが、その考えを他人に押し付ける気はないし、この少女にそれを言うのは酷だ。神を信じることが支えになることもあるだろう。 血が止まると、おしのは佐助に礼を言って立ち上がった。まだ脚は痛むだろうに、気丈にもこれから一人で神社に参拝して帰るという。手を引いてやろうかという佐助の申し出も「きっと一人でやり遂げんと神様から百日参りのご利益が頂けん」と断った。 それでもなんとなく気掛かりで、佐助はおしのと別れてからも離れたところから無事に参拝を終え時間をかけ慎重に石段を下りていく姿を見届けた。

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