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第70話

すっかり遅くなったので月見が原には寄らずに直接家へ帰ると、ほどなく嵬仁丸も帰ってきた。 「お帰り」 佐助が声を掛けるなり、すんと鼻を鳴らした嵬仁丸は少し顔を顰めた。嵬仁丸のことだ、いつものように月見が原へ行かなかった時点で、狼に報告をさせて神社であったことを知っているに違いないのに。 「怪我しとったからちょっと手当をしてやっただけじゃよ」 「分かっている。それでも、お前から他人の匂いがするのはあまり面白くない」 相変わらずの独占欲の強さに苦笑いしながら、佐助は聞く。 「もう日が落ちるけど、水浴びしてこようか?それとも、こっち?」 両手を広げれば、その間に大きな体をずいと割り込ませてくる。そして佐助の胸や首筋にごしごしと自分の毛並みを擦りつける。佐助も嵬仁丸の太い首に腕を回して頬を摺り寄せれば、やっと満足気な鼻息が漏れた。 伏せた嵬仁丸にもたれかかり、首の毛を撫でているともうすっかりいつもの嵬仁丸だ。 「今日、助けたおしのは目があんまり見えんのやって。それが最近ますます悪うなってきたから神様に縋りに来とったん。でもいっくらあそこで祈ったところで、目はようならんじゃろうな。かわいそうに。目が見えんようになるって怖かろうね。」 「そうだな」 「そうじゃ、今日は(からす)たちに調べに行かせたんじゃろ?何か分かった?」 嵬仁丸はかぶりを振る。 隣山のてっぺんから見通せる遥か先の方で異変が起きているのを少し前から嵬仁丸が気付いていた。何か大きな普請(ふしん)でもしているのか、以前には緑しかなかったところが削られ土が見えているところがあり、日に日にそれが大きくなっていくので、今日は烏たちに様子を見に行かせたのだ。もしかすると、ここのところ続いている揺れに関係があるのではとの考えからだった。 「どうやら、この国の領主が新しい城を普請しているようだ。周りの森の獣たちの話も聞いてこさせたが、あの普請と揺れは関係がなさそうだ。あれだけ離れているし、工事をしていない夜にも揺れがあるので、そうではないかと思ってはいたが」 「そっか……。ほんとに地震の前触れでないとええけどね」 きっと獣たちも不安に思っているだろう。早くおさまってくれればよいのだがと思いながら佐助は豊かな毛並みに顔を埋めた。

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