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第71話
あれからどうにも気になって、佐助は毎日おしのが神社へ参拝に来るのをそっと陰から見守っていた。
なにしろ、外を歩きなれていないおしのの足取りがなんとも危なっかしいのだ。特に石段の下りが見ていてひやひやする。整えられた石ではなく、土が流れぬように不揃いな石を並べて土留めにしたような粗末な階段なので、杖や足先が何度も引っ掛かりそうになる。
とうとうある日、つま先を石の間の窪みに取られつんのめったおしのは、何とか階段から転げ落ちるのは免れたものの、杖はその手を離れカランカランと音を立ててずっと下まで落ちて行ってしまった。それはおしのも分かったようで、ぺたんと石段に尻をつき放心している。
おしのはいつも百姓たちが田んぼに出ている時間帯にやってくるので、今日も周りに人気 はない。少し迷ったが、佐助はもう一度杖を拾ってやることにした。
「おしの、ほら、お前さんの杖」
「佐助どん?」
ぱっと顔をこちらに向けたおしのは、急に顔をくしゃくしゃにしたかと思うとべそをかき始めた。
「どうしたん?どっか痛いんか?」
だがおしのはかぶりを振って、ぐすぐすと泣いている。
「怖いん……石段を下りるんが怖いん。……でも、目が見えんようになるんはもっと怖いん」
毎日欠かすことなく参拝にやってきていたけれど、いつも一人で恐怖と戦っていたのかと思うと不憫だった。
「おしの、これ食べてみな?甘いから」
背負子 からさっき採ってきたばかりの枇杷 を取り出し、おしのの手に握らせてやる。
「ぐすっ……これ、なんね?」
「枇杷 じゃ。食べたことない?」
こくんと頷くおしのにまあ食べてみろと勧める。まだ鼻をすんすん言わせながらも涙を拭ったおしのは橙色の果肉を口にすると、ほっと息をついて「おいしい」と言った。
「佐助どんは、この山に住んどる薬草採りの人?」
ようやく落ち着いたおしのが訊いた。
「この前助けてもろうた日に、帰ってからおっ母に聞いてみたん。怪我に薬草貼ってくれたって言うたら、名前は知らんけどもたんまに山から下りてくる人でねえかって」
それだけだろうか。化け物とか物の怪という説明がその後続いたに違いない。
「何か言われたんでないか?けど、心配せんでもおしののことを喰ったりせんよ」
「うふふ。最初、おっ母も『恐ろしい人じゃから気を付け』言うたんじゃけどね。佐助どんは優しゅうて親切なだけじゃったのに変じゃなあと思うて、どこが恐ろしいんじゃって聞いたん。そしたら、体も髪も真っ白で目ん玉が黄金と赤じゃっていうからびっくりしたんじゃけど、それだけなんじゃ。おらみたいに目がよう見えんもんにはどんな色かなんてあんまり関係ないやね。
それよか、おらのことを『めくら』言うて虐めたり『できそこない』っていびる人らの方がおらはよっぽど怖いやね」
あっさり自分のことを受け入れたおしのに佐助は呆気にとられた。だが確かに物の見方というのは見る立場が変わると全然違って見えるものかもしれない。
「おしの、ここの参道は平らな所と石段の所が交互にあるじゃろ。それは覚えとる?」
「うん、階段が4つある」
「そうじゃ。おしのは階段を降りるとき懸命に注意をしとるけど、終わりの方になると体が疲れてくるし、気を張っとったんが緩んできて躓きやすうなる。早う怖いところを終わらせたいんかもしれんが、もうちょっと慣れてくるまで真ん中の平らなとこで少し休んだらええんでないか?」
「……佐助どん、もしかしていっつも見守ってくれとったん?
あんね……おら、百日参りを始めたけども転げ落ちてからやっぱり怖うなってしもうて……けど、途中でやめたら神様にこんなええ加減で信心の足りんもんは助けてやらんって思われるんでないかって……」
またおしのの目元が潤み始めた。
「おしの、これからおらが真ん中の平らんところで待っとってやるから、まずはそこまで頑張って下りてこんね。そんで、おらとそこで少しお喋りして休むんじゃ。そうやって、気を養って残りの半分を下りる。お前さんがもうちょっと慣れて一人ですいすい下りられるようになるまでな。おらも気掛かりじゃし。そうじゃ、また枇杷を採ってきてやるから、それを楽しみに頑張れ」
「佐助どん……うん……頑張ってみる」
こうして佐助はおしのの百日参りにしばらく付き合ってやることになった。
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