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第77話

「人柱を埋めて神に捧げれば無事に普請ができるなど、迷信じゃろ。昔、ふたつ村の先の川に橋を架けるときにもお前さんらは人柱を埋めたけども、すぐに流されてしもうたんがその証拠じゃ」 「なんの話じゃ」 「誰がそんげなこと言うたんじゃ」 「婆様じゃ」 改めて名を知らなかったことを思い出す。 「薬草採りの婆様がおったじゃろう。その昔、橋の普請がうまくいかず何度も橋ぐいやら(たもと)の岸が流されて進まんからと、婆様の息子の弥吉さんが人柱にされて橋の(たもと)に埋められたんじゃ。けども次の雨でまたごっそり(たもと)(えぐ)られた。人柱なんぞにまるで意味は無かったんじゃ。なあ、いつまでこんな馬鹿げたことを続けるつもりなんじゃ?」 男たちがぐっと言葉に詰まる。 「お前さんらは自分の親兄弟がそんな意味のねえことのために生き埋めにされても平気でおれるんか?生きたまま土の中に埋められるんぞ?もうええ加減こんなことはやめるべきじゃ」 「……そんでも……今はちゃんと橋が架かっとるでねえか」 「この場を誤魔化すために適当な作り話をするでねえ」 何だと!?頭に血が上るのを感じながら面々を見回せば、年嵩の者はいない。もしや知らぬのか? 「嘘でない!なんなら庄屋に聞いてみればええ。嫁ごのおようさんは腹にやや子がおるのにあとを追ってその川に身を投げたんぞ!」 「そんなことはわしらの知ったことでないやね。早うおしのを連れて行かねばならんのじゃ。お前、どこぞに隠したか」 「なんでおしのを庇う」 「おしのの目がよう見えんから、死んでも構わんと言うんか?確かにおしのは皆と同じようには働けんかもしれんが機織りの名手じゃろ?いや、もし機織りが出来んとしたって、人が人をむやみに(あや)めるのは間違っとる」 「おしののこと、よう知っとるな。もしやこやつ、おしのと通じとるのではないか?ここのところ、おしのがせっせと杖ついて山に通うようになったんは男がおったんじゃ」 「そんなに恋仲のおしのを庇いたければ、お前が代わりに人柱になれ。みすみす自分の女を死なすよりましじゃろうて」 口々に勝手なことを……こやつらは一体何を言っているのだ!? まるで話し合いの(てい)にならぬ相手に、なんと言って聞かせればよいのかと考えていると、例の気弱男が掠れた声を上げた。 「だ、だいたい、こやつ、おかしくねえか?なんで、こんななりなんじゃ?」 今更、おらの見てくれの話か? 婆様が死んでから、もう何度も里には下りている。いい加減慣れとるだろうに。 「お、おら、前からおかしいと思うとったんじゃ。子供ん頃、山のふもとに下りてきた化け物を退治するっちゅう兄者らと一緒にこやつをしたたかに打ちのめした。こやつは倒れて血吐いて動かんようになった。そん時、繁みから狼が現れたんで皆逃げた。おかしいじゃろ?絶対に狼に喰われとるはずじゃろ?」 「……たまたま狼の腹が減っとらんかった、とか?」 「今、突然思い出したけんども、そん狼もなんや変じゃった。普通の狼の何倍も大きゅうて、そんで眼、眼がこやつとおんなじ黄金(こがね)色じゃった!あれもきっと化け物やったんじゃ!こやつの仲間やったんじゃ!」 「彦六、ちょっと黙っとれ。それはお前が子供じゃったから大きゅう見え……」 「そう、それじゃ!!おかしかろ!?あん時おらと同じ年頃じゃったのに、なんでこやつは未だに十七ぐらいにしか見えんのじゃ!?」 何を言っているのだ。この彦六と呼ばれた男は相変わらず馬鹿なことを言う。おらの歳なんて自分でも知らん、だがそれが何だというのだ? しかし、その場の空気は彦六の最後の台詞で一変した。 「……確かにこやつを里で見かけるようになってから随分経つのに、初めのころとまるで姿が変わっとらん」 「確かにそうじゃ……」 彼らの目つきがみるみる異様なものを見る目に変わっていく。気弱男が上擦った声で叫んだ。 「やっぱりこやつは人でねえ!鬼か、物の怪じゃ!気を付けろ、喰われるぞ!!」 その瞬間、ガンと頭に激しい衝撃を受け、目の前が真っ赤になった。 まずい、距離をとらねば…… そう思ったのに膝ががくりと落ち、佐助はその場にくずおれた。

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