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第78話

頭が割れるように痛い。 胃の腑がむかむかして吐きそうだ。 身動きできぬ体はぎしぎしと軋み、ぐらんぐらんと揺らされている。 ようやく意識を取り戻した佐助だったが、自分の置かれている状況を理解するのに時間が掛かった。 頭が下を向いている。後ろ手にきつく縄で縛られている。足も下を向いているが地についてはいない。縛られて宙吊りにされとるのか……?朦朧とする頭で考える。 いや、この揺れはなんだ?そして知らぬ獣の匂い、ぽくぽくという音。 ゆっくりと目を開き、揺れる度に自分の顔がぶつかっている生温かいものが茶色い毛並みに覆われているのを見て、やっと、自分が縛り上げられたうえで馬の鞍に荷物のようにうつ伏せに括りつけられ、どこかへ運ばれているのだと分かった。 恐らく、神社の参道でおしのを掴まえに来た男たちと話すうち、いきなり頭を後ろから棍棒(こんぼう)で殴られ、捕らえられたのだ。はなから簡単に話がつくとは思っていなかったが、もう何度も薬草を売りに里に下りていたので、気味悪がられることはあっても今更『本物の化け物』として襲われるとは思っていなかった。油断をした自分を悔やむ。 周りに人の気配も感じるので声を出してみようかと思ったが、殴りつけただけでなく酷い格好で馬に括りつける連中だ。まずはもう少し状況を掴みたい。この馬という生き物に接するのは初めてだが、思念でのやり取りはできるだろうか。 『なあ、お前さん。おらの声が聞こえるか?』 いきなりの呼びかけに驚いたのか、馬は激しくいななきながら長い首を大きく振り、手綱を握る男を慌てさせた。 『驚かしてすまん。おらは佐助。今、お前さんの背中にくくりつけられとる』 馬は人だと思っていた積荷がなぜ通じ合うことができるのか、とても驚いた。 『おらは山で獣たちと暮らしとるから。お前さんに聞きたいことがあるんじゃ』 馬は賢い上に人に飼われているだけあって、何があったか良く分かっていて佐助の問いに答えてくれた。 この馬は里の庄屋のところの馬らしい。明け方、庄屋の家に集まった男たちがぞろぞろと出て行ったあと、しばらくして頭から血を流した佐助を抱えて戻ってきたそうだ。そして庄屋と男たちが何やら大声で言い合ったあと、庄屋の命令で縛り上げられた佐助が鞍に結わえられたという。今どこへ向かっているのは知らぬが、庄屋の家を出てからもうかなり歩いているらしい。 その言葉を裏付けるように上から照り付ける日差しはもうかなり高く、むき出しになっている佐助のうなじや手足をじりじりと焼いている。まだ暗いうちに半着の着物を慌てて引っ掛けてきただけなので日差しから守る脚絆(きゃはん)も着けていない。陽に晒されているところが熱をもってじんじんと痛み出していた。しかし火ぶくれの心配している場合ではない。 おらは、おしのの代わりの人柱として運ばれとるのかもしれん。だとしたら取り敢えずおしのは無事ということだ。けど、このままではおらが生き埋めにされてしまう。どうしたらええ? なんとかせねば、考えねばと思うのだが、頭や体のあまりの痛みにふうっと気を失いそうになる。朦朧とする意識の中に嵬仁丸の姿が浮かんだ。 ああ、嵬仁丸様……谷の結界は無事やったんじゃろうか。もし鬼たちが沢山逃げ出しとったら。一匹捕らえるだけでもかなりの精力が要るのに。しかも今は力が一番弱まる新月じゃ。皆、無事じゃろうか。 そんで、おらが連れ去られたことは嵬仁丸様に伝わったんじゃろうか……そこまで考えて、不確かだった意識が急に覚醒した。 しっかりせねば。 佐助が連れ去られ人柱にされようとしていることを知ったら、嵬仁丸は間違いなく取り戻そうとするだろう。だがこんな真昼間の人がたくさんいるところに姿を現すわけにはいかない。獣の姿は当然のこと、人の姿であっても銀の長髪に金色(こんじき)の目の大男はあまりに目立ちすぎる。 仮にうまく佐助を奪取できたとしても、その後化け物狩りなどといって山に人が押し寄せてきたら。せっかく嵬仁丸が長い時間(とき)をかけて築き上げてきた山の平穏はどうなる?かつて嵬仁丸の父と里の者たちの間で起きたような争いになったら……いや、里だけでは済まないかもしれない。領主の城を建造中に起きた化け物騒動は、もっと広く話が伝わっておおごとになるかもしれない。 もっと心配なのは……おらが人柱にされて死んでしまうこと。きっと嵬仁丸様は人への怒りを爆発させてしまう。嵬仁丸様は穏やかな性格(たち)じゃけども、両親を殺された痛みや怒りを忘れたわけではないはずだ。 おらが殺されたことで、怒りに任せておっ父様のように人を襲ったら。 そして戦いの挙句、無念の死を遂げ鬼になってしまったら……。 駄目じゃ、それだけは駄目じゃ。ずっと苦しみながら永遠に彷徨いつづける哀れな鬼などに嵬仁丸様を絶対させるわけにはいかない。

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