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第79話

「引き渡しの刻限までには、かなりの余裕がある。少し休もう。こう暑うてはたまらん」 そんな声が聞こえてきたあと、佐助を馬に乗せた一行は道沿いの林の中に入った。 誰かが「馬はその木に繋げ」「川から水を汲んできて馬に飲ませろ」と指示を出したり、「今日のこの暑さはなんじゃ」「蒸すのう」などとぼやく声が飛び交っている。 佐助は「降ろしてくれ」となんとか声を絞り出した。三度目にようやく誰かが気が付いて「庄屋様、降ろせと言うとりますが」と言った。 「な、なんか企んどるでないか、降ろさんほうがええんでは……」 このびくついた声はあの気弱男のものに違いない。佐助の意を汲んだのか、馬が大きく背中を揺すりヒンヒン鳴いて見せた。胸が()され、目が回る。 しかしそのおかげで、「老馬も疲れている。どうせ縛っておるから逃げられまい。お代官様や郡代(ぐんだい)様に引き渡す前にこやつに死なれても困る。降ろせ」という庄屋らしき男の言葉を引き出した。 数人の男の手で鞍に結わえ付けていた荒縄を解かれ、縛られたまま、どさりと土の上に転がされた。両腕を後ろ手に縛られているだけでなく両膝も固く結わえられている。逃げ出すどころか体を起こそうにも、ずっと頭が逆さになっていたせいか眩暈がして起き上がることもできない。 芋虫のように地面に転がったまま周りに視線を走らせると、全部で男が4人。うち3人は先程参道で見た男で、やはりそのなかに彦六がいる。 「なんか気味が悪い程、顔が(あこ)うなっとるけど、大丈夫なんか?これ」 「頭に血が上っとるんでないか、水かけとけ」 ザバと木桶の水をぶちまけられた。おかげでのぼせていた頭が少しはっきりした。 他の3人の薄汚れた野良着に比べずっと良いものを着ている男が、倒れたままの佐助の前に腕組みをして立った。 「おい、お前がおしのを隠したのか」 こやつが庄屋か。太い眉に大きな団子鼻の腹の出た男が尊大な態度で見下ろしている。歳から判断するに、これは婆様の頃の庄屋の息子の方。弥吉(やきち)さんを殺した張本人に違いない。 今の台詞からすると、おしのはいまだ見つかっていないようだ。ここはだんまりを通したほうがいいだろう。 「言いたくなければ、まあよい。代わりにお前に人柱になってもらう。考えてみればこれが一番よいな。おしのの家族から余計な恨みをかわんで済むし、お前のことを気味悪がっとる里の者も安心するじゃろうし、全てが丸く収まる」 良かった良かったというように頷きながら笑う男に怒りが湧く。 「……お前さんは人の命をなんじゃと思っとる」 「そんな奇怪ななりで、自分は人だというのだな。ほんならお前は一体誰の子じゃ。突然山に湧いたけえ、あの山姥(やまんば)が土でも()ねて作ったかと思ったわ」 何が面白いのか、男は一人でげらげらと声をあげて笑った。 「人柱なんぞ、もうええ加減こんなことはやめるべきじゃ。お前さんなんじゃろ、昔、おようさんに横恋慕して弥吉さんを人柱に差し出したんは。けども、弥吉さんを人柱にしても、結局普請はうまくいかず意味がなかったそうでないか」 男は苦虫を噛み潰したような顔をした。

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