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第80話
「ただ、おらが助かりとうて言っとるだけでない。これから先も何かあるたんびにずっとこんな馬鹿げたことを続けていくつもりなんか。
だいたい、本当に神が生贄を望んだんか?誰か神がそう言うのを聞いたとでも言うんか。儀式が必要なんじゃったら、どこぞの高名な神主に祈祷をしてもろうた人形 でも埋めればええじゃろうが」
男は下唇を突き出し、不快をあらわにした。
「ふん、毛色のおかしいただの山猿かと思うておったが小生意気なことを言う。弥吉のことはあの婆から聞いたか。愚かな奴らじゃ。たかが小作人風情が庄屋にたてつくからじゃ。そんなことだから碌に人柱の役目も果たせんのだ。あの女もさっさと腹の子を堕ろして大人しく妾になっておれば楽に暮らせたものを」
こやつ、なんちゅうことを言うんじゃ!
人を死に追いやっておきながら悪びれもしないあまりのふてぶてしさに、怒りで体が震える。だがここで相手を罵ったところで問題は解決しない。
「仮におらたちを人柱に埋めてもやっぱり石垣の普請が上手くいかなんだらどうするんじゃ。人を無駄死にさせた上に、また新たな人柱を次々埋めるんか?それでもうまくいかんかったら?」
「うるさい猿じゃ!」
「人は他の獣よりも知恵がある。獣には手にすることが出来んかった火を使い道具を作り、仲間で力を合わせることを知っとる。各々 では出来んことを皆で互いに補い合うて成し遂げることができる生き物じゃろう?
大きな城を造る技や力があるんじゃから、普請が上手くいかん理由を探ってより技を磨けばええのじゃないんか。意味のない人柱なんぞで仲間を生き埋めにするなんぞ惨 いことはやめるべきじゃ。これでは獣の方がよっぽどましじゃろ。生きるために必要な分だけ獲物の命を分けてもらうんじゃから」
「けったいなかたわもんのくせに小癪な。なんでお前なんぞに講釈を垂れられねばならん。誰がこやつに猿ぐつわをはめろ!」
一歩引いたところでこちらのやり取りを見ている男たちにも佐助は語り掛けた。
「お前さんらもそれでいいんか?お前さんらの長 は里の者を守るどころか平気で生贄に差し出す男だ。次はお前さんらや家族が選ばれるのかもしれんのだぞ」
佐助の言葉が気にくわなかったのか、庄屋が横たわる佐助の顔めがけて足元の土を蹴り、濡れていた佐助の顔は泥だらけになった。
自分では正しいと思うことを投げかけているつもりなのに、まるで相手には届かない。
ああいかん、こんなふうに相手を怒らせても、うまくことは運べん。かといって泣いて命乞いをしたって「可哀そうじゃからやめよう」なんてことにはならんよな。
婆様だって弥吉さんを助けようと必死で縋ったのに聞き入れられなかったのだ。
いったいどうしたらええんじゃ。おらは婆様とおしのぐらいしか、ろくに人と関わったことが無いからこういう時どうしてええんかようわからん。
じりじりと焦りばかりが濃くなってゆく。
「あ、あの……物の怪にそんげなことして、た、祟られたりせんですかね?」
彦六がおどおどと庄屋の顔色を窺いながら言った。
庄屋は盛大に舌打ちをして顔を歪める。
「お前はまだそんなことを言うとるんか。こやつが恐ろしい物の怪じゃったらこんな無様 に捕まっとらんわ。こやつはただのかたわもんじゃ」
「そんでも……こんげに恐ろしい見てくれのもんを差し出して、お代官様はお怒りになられんですかいの?こんな化け物みたいなもん寄越 しおってって」
別の男も小さな声で不安を漏らす。だがすぐさま「そんならお前が人柱になるか、今年生まれたばかりのお前の末の娘でもよいぞ」と庄屋に言われて、ぶるぶると首を横に振った。
「なあに、そん時は、よい言い訳を考えておる。逆に、儂はお褒めの言葉をいただくかもしれんぞ」
庄屋が一人で高笑いするのに、男たちは微妙な愛想笑いで応 えながら、気まずげに互いに視線でやりとりしている。
里の者たちは異存があっても、庄屋が怖うて逆らえんのか。ならやっぱりこの男をなんとか言いくるめねばならぬが、こんなに傲慢なやつにどんな言葉が通じるというのだ?
「そろそろ行くか。あと半刻も歩けば着く。そこでお代官様にこやつを引き渡せばわしらの役目は終わりじゃ。あとの3人はそれぞれ別の里から連れてこられるらしいからの。さっさと終わらせてしまうぞ。もっとも明日の朝、この小生意気な餓鬼がどんげに無様に泣き叫びながら埋められるんか見てやりたい気もするがな」
庄屋は高笑いすると、佐助をもう一度鞍に括りつけるように男たちに指示を出した。
出来る限りの抵抗はしてみたものの、手足の動きが封じられている。男3人相手にかなうわけもなく、佐助は再び馬上の鞍に括りつけられてしまった。
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