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第81話

一行は再び普請中の城に向かって歩き始めた。 先頭を庄屋が歩き、その後ろを馬をひいた彦六が続く。残りの二人は最後尾を少し離れてついてくる。 この男たちの中で最も力がある庄屋を説得せねばと思っていたが、一番冷酷で聞く耳も持っていない。ならばその上の代官ならどうなのだろう。人の世の仕組みにはまるで(うと)いが、きっと庄屋とて上の者には逆らえないのではないか。 だが……もちろん最後まで(のぞ)みは捨てないでおきたいが、正直明るい展望は望めない気がしている。きっと代官の上には郡代(ぐんだい)が、その上には領主がと連なっているのだろう。 前に嵬仁丸から戦の話を聞いた時、百姓たちとその上の武家の者たちの間にははっきりとした線引きがあり、下々の者は逆らうどころか不平を口にすることすらできないと言っていた。そんな武家の奴らに、自分が人柱の是非(ぜひ)を問うたところで聞く耳を持つだろうか。そもそも下々の者を軽んじているからこそ、その命を奪う行為を神事として取り扱うと決め、それを止めるものがいなかったからこそ、こうして生贄が狩られている。 だとしたら、やはり逃げるしかないのか。だが、仮に逃げられたとしても、また代わりの誰かが生贄に選ばれるだけだろう。しかし、時間を稼ぐなり立て直すなりする必要がある。 明日の日の出とともに川で生贄たちの(みそぎ)を行い、その後神官による神事が執り行われ、石垣の四隅に掘られた穴に人柱を埋めるという。後方で「そんげな恐ろしいもん見とうない、さっさと引き渡して帰りたい」と男たちがひそひそと囁き合っている。 佐助はそのやり取りに耳をそばだてながら、脱出の機会はやはり夜だと考えた。もちろん生贄たちが逃げ出さぬよう、どこかに閉じ込められ見張りがつくだろうが、たくさん人足(にんそく)がいる昼間よりは人の数は限られるだろう。 いったいどのような所へ連れていかれるのか。近くに獣がいるような場所なら、もしかすると彼らに手助けを頼めるかもしれない。意思のやり取りを出来るようになったのは同じ山に住む仲間たちだが、渡り鳥の話を聞くことはできた。望みはあるのではないか。 しかし、完全に山林を削って城の用地が造られているのならば、近づく獣などいないかもしれない。その場合どうしたらいいのか。不安が募る。 出来ることなら嵬仁丸の力を借りずになんとかしたい。嵬仁丸を人目に晒したくないのだ。だがそんなことを言っていられない状況になったら……。夜ならば闇に紛れて動きやすいかもしれない。幸い新月の今は月明りも微かで人目も誤魔化しやすい。 とにかく、今、分かっていることと、夜に脱出を試みることは伝えておきたい。佐助は馬に近くに(からす)がいないか、いたら傍に来るよう呼び掛けてくれるよう頼んだ。 突然近づいてきて鞍の縁に止まった(からす)を男たちは不吉がった。だが、追い払われる前になんとか嵬仁丸への言伝(ことづて)を頼むことができた。烏は大きくカーと鳴いた後、空へばさりと舞い上がった。烏は賢い。きっとうまくやってくれる。 それからいくらも経たぬうちにパッカパッカという馬の駆け足が聞こえてきた。皆の意識が前方へ向く。 「おお、もうここまで来ておったか」 やって来たのは、石垣の普請の任を負っている武家の家来だった。 人柱を立てる話が人足たちの間に広まった。どこからか人足の中から人柱が選ばれるという噂がたち、否定しても信じない。また、自分たちが人柱を生き埋めにする役目を負わされることにも怖気づいている。仕事を放り出して逃げ出そうとする人足が後を絶たず騒動が起きている。 そんなわけで生贄が揃い次第、明日を待たず神事を始めることとなった。すでに2人の生贄は到着している。あと1人の生贄と、神官と郡代もじきに着く。なるべく早く連れて来るように。 まずい。夜になってから脱出などと悠長なことを言っていられなくなった。先程休憩の時に庄屋が「あと半刻もあれば着く」と言っていなかったか?あれからしばらく経っている。これから速度を上げれば更に到着は早くなる。それまでにさっきの烏が山に辿り着くことすら厳しいだろう。新たな知らせをもう一度飛ばしてもきっと間に合わない。 良くないことが起こる予感に、佐助の肌に冷たい汗が流れた。 ※半刻……およそ1時間

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