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第83話

命の危機。……そうじゃ、今までだって何度もそんなことがあったんじゃ。 最初は赤ん坊の頃だ。奇怪な容姿で生まれ、悪霊が赤子となって生まれ家に不幸を呼び込んでいると護摩の火にくべられそうになったのを、母が救ってくれた。その母が山中で行き倒れたとき、婆様が手を差し伸べてくれなければ自分の命も風前の灯だった。里の子らに襲われたとき、里の男たちが鎌を持って小屋へ強奪にきたとき、熊に喰われそうになったとき。嵬仁丸が守ってくれなければきっと自分は死んでいた。 自分は今まで運よく生きてきたわけではない。結果的に自分の命と引き替えにして守ってくれた母や、見ず知らずの行きずりの女の子供を一人で生きていけるまでに育ててくれた婆様、嵬仁丸や狼たちに命を繋いでもらってきたからここまで生きてこられたのだ。そうして守られてきた命を自分がさっさと諦めてしまっていいわけがない。 そうじゃ、最後の最後まで諦めたらいかん。嵬仁丸様と(つが)うようになって、おらの体は自分でも驚くほど頑丈になったでないか。たとえ、どうにもならんで土の中に埋められたとしても、もしかしたらおらなら普通の人では考えられんほど持ち堪えられるかもしれんじゃろ?そんで、神事が終わって誰もおらんようになってから嵬仁丸様に掘り起こしてもろうて助かるかもしれん。ありえんことかも知れんけども、万に一つの可能性でも望みを捨てたらいかん。 嵬仁丸様のことだってそうじゃ。鬼になってしまうかもしれんなんて、おらは嵬仁丸様を見くびり過ぎとらんか? 嵬仁丸様は幼い頃、自分の両親(りょうおや)を里のもんに殺されるんを目の当たりにした。普通なら人を激しく憎んだり恨んだりするようになるとこじゃろう。それなのに、嵬仁丸様は誰に感謝されるわけでも無いのに、自分の精力を削ってまで里のもんを苦しめる鬼を狩って封じ続けとる。こんな大きな心と深い情を持っとる嵬仁丸様がそう簡単に鬼に堕ちてしもうたりするものか。 「いつも物事を悪くばかりとらえないのはお前の良いところだ」って嵬仁丸様も言うてくれたでないか。おら、弱気になってどうかしとった。 おらはこんな理不尽なことで死にとうない。このまま嵬仁丸様と別れとうない。なんとしてでももう一度山に帰って、嵬仁丸様と山の獣たちとの穏やかな暮らしを取り戻したい。 佐助の脳裏に青々と茂る山の緑の中で戯れる獣たち、それを笑いながら見守っている嵬仁丸の姿が浮かんだ。蝶や蜂も忙しく飛び回って花の蜜を吸い、空には賑やかに響く鳥たちの歌声。 チ、チ、チ、チルルル、ジュルルルル……山の情景を思い出していた佐助は、耳に届いた鳥の(さえず)りにはっとした。 これは……アマツバメの声でないか? チ、チ、チ、チルルル、ジュルルルル…… やっぱりそうじゃ。それもアマツバメの仲間でも特に大きいあいつでないか? 渡り鳥のアマツバメの仲間はまさに飛ぶために生まれてきたともいえる鳥だ。殆ど地上に降りることなく寝る時ですら飛んでいる。その中でも大きな種類は信じられないほどの速さで飛ぶ。あまりの速さに鷲や鷹でも捕まえることが出来ないほどだ。 山ではなくこんな平地に近いところで、この鳥に会ったことにはきっと何か意味がある。佐助はそれに賭けることにした。 馬上で口笛を吹いてアマツバメの鳴きまねをする。人が傍にいても鳥寄せに乗ってくれるかわからないが、佐助は祈るような気持ちで口笛を吹き続けた。

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