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第84話

うつ伏せに鞍に括りつけられたままなので腹や胸が()されて、口笛を吹き続けるのは苦しい。 逆さになっている顔にいつもとは逆向きに汗が流れる。 目に入りそうな汗を凌ぐため瞬きを繰り返す佐助の視界に、土の上をさっと走る黒い影が映った。身動きのとれぬ体と首を精一杯捻って空を見上げると一羽の大型のアマツバメが羽音もさせず頭上をクルクルと旋回しているのが見えた。 来てくれた! 喉とわき腹と尾の内側が白い。最も速く飛ぶ種のアマツバメだ。 この距離でやり取りができるのかあやしかったが、佐助は精一杯アマツバメに思念を送る。すると、地上に映る影が次第に濃くなった。鳥の方から近づいてきてくれたのだ。 佐助はアマツバメに、どうかお前の翼の力を貸して欲しい、自分に命の危機が間近に迫っていることを嵬仁丸に伝えてくれと懸命に訴えた。ここからの経路はこの馬に聞いてくれとつけ加えると、ツバメの方から意外な答えが返ってきた。 『二つ連なる山も、そこの主も知っている。我々は毎年あのあたりで卵を産み育てるからな。そしてお前は山の主の番ではなかったか』 そうだと答えると『分かった、任せておけ』と言うなり、アマツバメは矢のような速さで飛び去った。 やはり最後まで諦めてはいけない。アマツバメのおかげでわずかながらも望みが増えた。自分になんの利もないのに飛んでくれている(からす)やアマツバメの厚意を無駄にしないためにも、なんとしてでも生き延びなければ。その思いを新たにしたとき、前方の彦六が声を上げた。 「ひゃあ、大きいのう。これ全部、(ひら)いたんかのう?」 「ああそうじゃ。この辺りは元は全部、雑木林じゃった」 庄屋が答えている。 「あんげにでっかい石、どうやって運んでくるんか」 「傍を流れとる川を使って曳いてくるそうじゃ」 佐助の姿勢ではまだ何も見ることが出来ないが、城の石垣が目視できるところまで来たということだ。緊張が高まる。 後方を歩いていた男の一人がすすっと馬に近づいてきて、佐助に小声で話しかけた。 「これからお前はお代官様に引き渡されるじゃろうが、さっき庄屋様に言うたような口をきいたらその場で切り殺されるかも知れんぞ。お代官様は気位が高い上に癇癪持ちじゃ。前に視察に来られた時に粗相で無礼した里のもんが峰打ちされて骨を砕かれた。お前が人柱になる前に切り殺されでもしたら、また里から生贄を出さねばならん。大人しゅうしとれ」 おそらく男は佐助のことを心配したわけではなく、言葉どおり、これ以上里から人柱を出すようなことは避けたいと、このようなことを言ったのだろう。それでも男の話から、やはり代官の情に訴えるだけではこの危機から脱するのは厳しいのだと察せられ、佐助は更に気を引き締めた。 自分の命を(まも)るためには、これから先、どんな些細な機会も逃してはならない。

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