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第85話

****** 結わえ付けている荒縄を解かれ、佐助の体はまたどさりと地面に落とされた。ただし今度は両膝にきつく結ばれていた縄も解かれ、「立て」と命令される。しかし両腕は後ろ手で縛られたままだし、血の巡りの悪くなっていた脚も痺れが残ったままで、なかなかうまく立ち上がれない。苛立った庄屋に「立たせろ」と命令された男の一人に腕を取られて引っぱり上げられたが、立ち上がった瞬間ものが二重にぶれて見えふらついた。 「おい、人柱になるまではちゃんと生きていろ」 勝手なことを言う庄屋に引き連れられ代官の所へ向かううち、周りがざわめき始めた。 「なんじゃ、あれは!」 「化け物のようじゃ」 「気味が悪いのう」 元からの容姿に加え、白い髪には血がべったりとこびりつき、顔の半分は乾いた泥が覆っている。それが流れた汗でまだら模様になり、佐助は凄まじい形相となっていた。見た者は皆、息をのんで目を大きく見開く。 脚は自由になったが今度は腰に縄を掛けられているし、周りにはたくさん人がいる。人足たちに加え、槍のようなものを持った見張り役や帯刀した武士もいて、仮に綱を持っている男を振り切ったとしても簡単には逃げられないだろう。ここは策を練り、時を稼がなければならない。いくらアマツバメが速く飛べるといっても、知らせを受けた嵬仁丸がここまで来るのにはそれなりの時間が掛かるはずだ。 目前に引き出され跪かされた佐助を見て、代官も大仰に顔を歪めた。 「なんという奇怪な!醜いこと極まりない。禍々(まがまが)しくすらあるぞ。そやつは本当に人か?」 佐助の横に控えていた里の男たちに緊張が走るのが伝わってきたが、庄屋は揉み手をしながら答えた。 「珍しゅうございましょう?今は少々汚れておりますが、洗えば頭の先から足の先まで雪のように真白でございます。神は穢れなき白を殊のほかお喜びになると聞き及びました故、苦労して探してまいりました」 これがさっき言っていた「よい言い訳」か。先程まで「かたわもん」と散々(あざけ)(ののし)っていたのに、苦労して捕まえた希少種のようにいけしゃあしゃあとぬかす庄屋の面の皮の厚さには呆れる。 だが、代官はふんと鼻を鳴らし、「では郡代様にもそのように申し上げるか」と呟いた。 「これで揃ったな。先程神官も着いた。早速、支度にかかれ」と傍に控えている者に申し付けながら、代官は佐助から目が離せずにいる。 「それにしても奇怪千万な。……そやつは口をきけるのか」 佐助は下げていた(おもて)をくいと上げ、代官の目を見据えて口を開いた。 「はい。けんども、幼き頃より山で獣とばかり暮らしておったので人の作法をよう知りません。無礼があってもお許しください。お代官様は大変偉いお方であられると聞きました。そこで、ひとつお願いがございます」 慌てたのは周りの者たちだ。 「こら、(おもて)を上げてはいかん!」 「勝手に口をきくな!」 並んで控えていた里の男たちは額を土に擦り付けんばかりにひれ伏してぶるぶると震えている。傍にいた武士たちが目を吊り上げたが、当の代官は正面から黄金色の目でひたと見据えられ、佐助に釘付けになっていた。 「なんという(まなこ)の色じゃ……まあよい、口がきけるかと問うたのは儂じゃ。願いとはなんじゃ、申してみよ」 「今朝がた、いきなり山にやって来た里のもんに捕らえられ、『立派な人柱になれ』とここへ連れてこられました。どういうことか、さっぱり分からんのです。神官様が取り仕切られる神事とのことですので、人柱の役目について神官様にいくつかお尋ねしとうございます」 代官は口をへの字に曲げ、器用に片眉を吊り上げた。不機嫌を表しているのだろうが、佐助は負けずに声を張り上げ言葉を続けた。 「こんげに何もわからんままでは、とても立派に人柱の役目を務められる気がせんのです。それに、なぜにおらがわざわざ遠い山から連れてこられたんか……ここには、こんげにたくさん人がおるというのに」 そう言って、ゆっくりと周りを舐めるように見回した。 いつの間にか周囲には奇異な見てくれな上に大胆にも代官に口をきく佐助の姿を見ようと人足だけでなく見張り役や技師や職人たちまでが集まってきていて、人垣ができていた。

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