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第86話
佐助の最後の一言と放たれた視線によって、遠目に見物する立場だった者たちは我が身にも火の粉が降りかかるのではと、一気に不安が掻き立てられた。人足には動揺が走り、そのほかの者たちの間にも佐助の奔放な行動が代官の機嫌を損ねるのではと張り詰めた空気が流れる。そして、それ以上に代官が何と答えるのかという好奇心がその場に満ちた。
代官は敏感に衆人の空気を読み取り、人足たちに騒動を起こさせないためにもここは寛容な態度をとるのが得策と考えたようだ。
「ふむ。それも道理であるな。神官から納得のゆく釈義 を受ければ、さぞかし立派に人柱の役目を務めあげることができるであろう。おい、宮司を呼んでまいれ」
「か、寛大なご処置、痛み入ります」
佐助の予想外の行動に呆気に取られていたらしい庄屋が、慌ててそう言ってひれ伏したのに合わせて、佐助もうやうやしく頭を下げて見せた。その上で、こう付け加えた。
「おらの他にも人柱になるもんがおると聞きました。そのもんらも一緒に聞かせてもらえんでしょうか。きっと皆、神官様のお話で得心できればしっかり役目を全うできるでしょう」
また代官の片眉がぴくりと持ち上がり、傍で控える者たちに緊張が走った。だが、佐助は代官の目の色の中に望みを見出していた。
獣には無くて人にあるものの一つ……それは強い好奇心。人はそれを満たしたいという欲求を我慢することが出来ない。
例えば、佐助の見てくれが恐ろしく気味が悪いのであれば、なるべく視界に入れず近寄らなければいいのに、わざわざ寄ってきては悪口を言い、手を出す。里の者たちの大好きな噂話も根源は同じ「知りたい」という欲求だ。
今、自分の周りを取り囲んでいる大勢だって、自分が代わりに人柱に選ばれたらどうしよう、代官が癇癪を起して抜刀したら恐ろしいことが起こるなどと怯えながら、この先どうなるのかという好奇心の方が勝っているからこの場を離れることができない。
代官とて同じ。初めて見る奇妙な姿の男が、常識では考えられない行動を取っていることに興味を持ちどこか面白がってもいる。
早く他の人柱も連れてこいと家来に命じるがいい。恐怖でぼろぼろになっているであろう他の3人をここへ連れて来るまでに、いくらかは時が稼げる。それに好機が来たら彼らも一緒に逃がしてやりたい。
その後の神官とのやり取りは知恵を絞ってなるだけ引き延ばさなければ。場合によっては周りを取り囲んでいる者たちを騒ぎに巻き込む必要も出てくるかもしれない。うまくゆく見通しは何一つ無いが、ここで死ぬわけにはいかないのだ。たとえ腕の一本や二本切り落とされようとも必ず生き延びて、山に帰るのだ。
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