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第89話
「神官様は特別なお力をお持ちなのですか?神々と言葉が交わせ、神々の声が聞こえるのですか?」
「……」
「おらの暮らしとる山のふもとにも小さい神社があるけども、中は空っぽで何かがおらさる気配なんぞありません。里のもんらがしばしば参って、日照りが続いとるから雨を降らせてくだされ、病を治してくだされ、年貢が軽くなるようにしてくだされと祈っておるけども、一度たりとも神様が願いを聞き届けてくださったことはありません。それは、神官様のような特別な力が無いから神様に声が届かんのでしょうか?」
「それは……皆が祈ったことを全部聞いてはきりがない。いつも人の思い通りにはゆかぬ」
「そんなら此度 のことも、お聞き入れになるかどうかはわからぬと。生贄は無駄死にになるかもしれぬのですね?」
「……我々は日ごろより神々の御心に近づけるよう研鑽 を重ね、神々へ祈りを捧げておる。きっと聞き入れていただけるであろう」
それを聞いた佐助はぱっと顔を綻ばせた。
「そうですか!やはり神官様には特別な力があって神に通じておられるのですね。なら是非とも神様に聞いてみていただけませぬか?おら、どうにも腑に落ちんのです。本当に神様が貢物として人柱なぞ望んでおられるんか。先ほど神官様も人は神によってこの世に生かされておるとおっさられました。わざわざ自らこの世に作り出した人の命を神様が欲しがっておられるというのは変ではないですか?もっと他の貢物の方が喜ばれるのでは?」
「神に願い事をするのだ、最も尊いものを捧げるのが当然であろう」
「つまり、人の命がもっとも尊いものだと、神ではなく神官様がお考えになるから人柱を埋めると」
「……そうだ」
「それは、なんやら随分とあてずっぽうやないですか?それに、土に埋めたらせっかくの貢物の命は消えてしまいます」
「その前に神が受け取られるのだ」
「つまり、神は人の命を喰われると?」
人垣がどよめいた。宮司は顔を真っ赤にして「なんたる不敬な!」と叫ぼうとしたが、その前に佐助が言葉を重ねた。
「神官様は神と通じておられるから、神が人の命がなにより好物ということを知っておられるということですか?人の命が最も尊いものだと思いながら、誰かの望みをかなえるためには願い事を聞くかどうかも分からぬ気まぐれな神に別の尊い命を喰わせるということですか?もし神がもっと好物を寄越せとわざと普請を邪魔したら、満足するまで次々と生贄を指し出すのですか?」
「むむ……」
「ふふふふ、しかしそれでは神は悪 しき魔物で神官様はその使いのようですね」
「ぐっ、黙れ……なんたる……」
怒りのせいで手をわなわなと震わせながらも、こんな侮辱を受けたことがない宮司の口からは続く言葉が出てこない。
「お答えください。神官様のお話ではさっぱり分からんのです。それはおらの頭がようないせいでしょうか?ここにおる皆はなるほどと合点したんでしょうか?」
佐助はぐるりと取り囲む群衆を見回した。再び騒めきだした人垣からぽそりと「わからん」という声が上がった。一瞬、場がしんと静まり緊張が走る。が、「おらもようわからん」「そうじゃ」「わしもじゃ」という小さい呟きがあちらこちらから漏れ始めた。神官が目を吊り上げ周りを睨む。
佐助は喧騒を押さえるように、更に声を高くして神官に問うた。
「仮に神が好物の命の貢物に満足されたとして、神はいったい誰 の望みをきかれるのですか?」
「……何を言うておる」
その時、生贄と神官の間を黒いものがさっと通り抜けた。はっとして顔を上げると人の頭すれすれの低空をアマツバメが旋回している。
「なんじゃ、烏 か?」「いや、もっと小さいぞ」
人垣がざわめく。
もう山まで行って戻ってきたのか?あまりに早すぎないか?何かあったのではと佐助の胸に不安が沸き起こる。アマツバメがもう一度佐助の目の前すれすれを通り抜けた。
……え!そんな……
アマツバメが急上昇して空高く舞い上がった。
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