90 / 115

第90話

佐助は神官をひたと見据え、ひときわ大きく声を張りあげた。 「どうにも神官様の釈義は隙間だらけの木桶のようで、おらには、いや、恐らくはここにおる誰にとっても、一向に役に立ちそうにない。じゃが、敢えてお尋ねします。 神は誰の望みを聞かれるのでしょう。神官様?御領主様?尊い命を捧げるのは神官様でも御領主様でもなく人柱にされる生贄なのだから、生贄の願いが聞き届けられるのでは?ここに並ぶ女子(おなご)もこの幼い(わらべ)も、決して石垣が無事に組み上がることなど望んでいないでしょう。当然、おらもそうだ。おらなら、人柱が埋められた城など決して完成せぬよう願う!」 渋い顔で傍観していた代官がさすがに聞き捨てならぬというように、床几(しょうぎ)から立ち上がった。 「人柱を埋めた橋や城は決して完成せぬと知れ渡れば、二度とこんげな馬鹿げたことをしようとする愚かな領主や神官は現れんじゃろうからな!」 「こやつ、殿を愚弄するとはなんたる無礼者!」 代官が刀に手を掛けたその時。 疾風と共に人垣の頭上を飛び越えた大きな影が、代官たちの前に立ちはだかるように降り立った。 「なんじゃっ!?」 「狼じゃ!」 「熊ではないのか!」 群衆が一様に目を皿のように見開き固まっている。その中心で、ハッハッと荒い息を吐いているしろがね色の大きな獣は、グルルと呻りながら牙を剥いたかとおもうと、耳をつんざく咆哮をあげた。 途端にその場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。「逃げろ!」我先にと逃げ惑う人足や職人たちで、あたりは土埃で真っ白に霞む。見張り役や武士たちは間合いを取ろうと、刀や槍を手にざざっと後じさった。宮司は腰を抜かしてその場にひっくり返り手足をばたつかせている。 毛を逆立てガルルル、グルルルと激しい呻り声をあげている嵬仁丸に佐助は駆け寄った。

ともだちにシェアしよう!