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第93話
しかしいくらも進まぬうちに、突然ズバーンという耳慣れない轟音があたりに響いた。
えっ!?何が起こった!?
理解をする前に佐助の体がつんのめり、上半身から地面に勢いよく突っ込んだ。
『佐助!』
嵬仁丸が駆け戻ってくる。起き上がろうとした佐助は激しい痛みに顔を歪めた。脚が酷く熱く感じて見やれば、左腿の肉が一部削げ血が噴き出している。いったい、これは!?
「よいぞ!続けて撃て!すべての鉄砲を持ってまいれ!」
声のした背後を振り返ると、先程の揃いの装束を付けた武士が2人並んでそれぞれ鉄 でできているであろう長筒をこちらに向けて構えている。それが先程と同じ爆音を響かせ煙を吹き出すと同時に嵬仁丸が佐助の前に躍り出た。
佐助の足元の土がバシュッという音と共に大きくえぐれ飛び散った。あの筒から何か飛んでくるのだと理解すると同時にその威力の大きさに驚愕する。その時、目の前の嵬仁丸の体がぐらりと傾いた。
『嵬仁丸様!?』
慌ててその体を支えようとして、佐助は息をのんだ。一発の銃弾が嵬仁丸のわき腹に命中している。しろがねの毛並みにじわじわと赤い血が滲み始めた。
頭の中が真っ白になった。
嵬仁丸様!!
嵬仁丸様の血を……血を止めねば……
無我夢中で両手で傷口を押さえるが、指の間から真っ赤な血が後から後から溢れ出てくる。
『……大丈夫だ』
苦し気な声でそう言いながら、嵬仁丸はぐっと足を踏ん張り姿勢を保つ。
『佐助、しばし痛みに耐えろ、逃げるぞ』
『うん』
震える声でそう答えたものの、嵬仁丸は腹に穴が開いているのだ、大丈夫なわけがない。恐ろしくて手足ががたがたと震えてしまう。佐助はここにきて初めて死を間近に感じ、恐怖に慄 いた。
……嵬仁丸様が死んでしまうかもしれない……
今までずっと、嵬仁丸を置いて自分が先に死ぬことしか想像してこなかった。だが、嵬仁丸は長命なだけで、不死身ではないのだ。それなのに、おらを庇って……
……嵬仁丸様が、死ぬ?
怖い。怖い。押し寄せる恐怖に身がすくむ。だが嵬仁丸は落ち着いた様子で伝えてきた。
『佐助、脚をやられているお前が先にゆけ』
『え……?』
『急げ、数が増えそうだ』
詰所の小屋から同じような長筒を持った侍たちがバラバラと飛び出してきた。
『これは弾がまっすぐ飛んでくる。狙いを定めにくいように度々向きを変えながら走れ。私は隙をみてあれを何とかする。行け!』
『嫌じゃ!そんな怪我しとる嵬仁丸様を置いて行けん!一緒に逃げよう!』
『ここは身を隠すものが何も無い。相当に遠ざからなければ、いずれふたりとも背後から撃たれる。幸いあれは一度撃つともう一度撃つまでに支度に時間が掛かるようだ。その隙を狙う。案ずるな、必ずお前に追いつく。さあ、行け!』
確かに、ただでさえ走る速さが違うのにこの脚では更に嵬仁丸の足手纏いになってしまう。だけど、今、嵬仁丸から離れるのは……嫌だ、心配だ、怖い。
そんな佐助の気持ちを察したように嵬仁丸が優しく頬を舐めた。
『私が頑丈なのを忘れたか?皆で無事に逃げるためだ。佐助、頼むから言うことを聞いてくれ』
嵬仁丸の黄金色の瞳からも強い思いがひしひしと伝わってくる。
『必ず、必ず追いついて。決しておらを一人にせんで』
佐助は嵬仁丸の首に腕を回してぎゅっと抱きしめた。嵬仁丸は頷くと、佐助を立ち上がらせ鼻先で背中を押した。不安に激しく後ろ髪をひかれながらも佐助は血を流し続ける片足を引きずって走り出した。
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