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第95話

次第を見届けようと瞬きを繰り返し目を凝らすがどうにも視界が霞む。諦めて目をつむり、佐助は荒い息を整えながら祈った。 どうか間に合ってくれ。 鉄砲を撃った後、奴らは皆、腰の小箱から取り出したものを筒先から入れ、長い棒のようなもので奥へ詰めているように見えた。その後、胸にぶら下げている小瓶を手に取り手元近くの穴か何かに注ぎ込むような仕草をした。きっとあの二つが無ければ撃つことができないのだ。鉄砲さえ無ければ、きっとなんとか森まで逃げられる。 妙にくらくらする頭で周りを見回せば、取り囲んでいた武士たちはほぼ狼に制圧されたらしく、手や足から血を流して呻いている。それでも立ち上がろうとする者を残った狼が威嚇して回っている。しかし、その姿や吠え声には一様に疲れが見てとれた。 そうじゃ、皆、夜明け前から鬼を封じる嵬仁丸(かいじんまる)様を手伝い、その後ここまで駆けてきたのだ。今は興奮しとるけども、新月じゃしそろそろ限界の筈じゃ。見たところ()られた狼はおらんようだが、明らかに手負いのものもおる。 狼も嵬仁丸様もおらを助けるためにこんな大変な目におうとるんじゃ。これ以上足手纏いになってはいかん。嵬仁丸様が来るまでに、おらは一歩でも二歩でも森に近づいておかんと。 佐助は再び森に向かって進み始めた。 あれから銃声は聞こえない。 上手くいったんか? 振り返って目を眇めてみるが、よく見えない。 きっと皆無事じゃ。何かあったら知らせてくる筈じゃ。今、おらに出来るんは少しでも前に進むこと。 そう自分に言い聞かせ、軋む体に鞭打ってひたすら歩く。 嵬仁丸様、(はよ)う来て。おらの隣に来て。撃たれたところが(いと)うて走れんの?森まで行けば、血止めと痛み消しの薬草で手当てしてあげるから、あと少し(こら)えて。お願いじゃから(はよ)う来て。嵬仁丸様……(はよ)うおらに無事な顔見せて。嵬仁丸様…… オオーン、オーン、オーン。琥珀(こはく)の遠吠えだ。 『佐助殿の言う通り、箱も瓶もすべて奪って川に捨てた』 ああ、よかった……。けどもしかしたら、小屋にもあったかもしれんな。さっきはそこまで頭が回らんかった。 『長筒を持っていた者たちの手も噛んでおいた』 なんと抜かりない。これであらかた鉄砲の心配はせんでよくなっただろう。それで、嵬仁丸様は無事なんじゃろうな? ようやく歩みを止めた佐助は後方を振り返った。ざああと吹き抜けた風が土埃を白く巻き上げる。 その白い土煙の幕を突き破るようにして琥珀の姿がぬっと現れた。後ろに群れの仲間が続く。 『皆、ようやってくれた、素晴らしい働きじゃ』 オン。オン。狼たちが尻尾を振る。「嵬仁丸様は?」と尋ねようとしたとき、砂の煙幕の中に大きな体の輪郭が浮かび上がった。

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