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第100話

『佐助……』 嵬仁丸が苦悶の表情を浮かべたとき、狼たちが一斉に緊張したように耳をぴくぴく動かし始めた。 『なんだ?』『なんの音だ?』 佐助には何も聞こえない。しかし、嵬仁丸も両耳をぴんと立てて訝し気に頭をもたげた。 『羽音か?』『鳥?』『いや、虫か?』 やがて佐助の耳もブーンともザワザワともつかぬ、聞きなれない音を捉えた。しかもそれが少しずつ大きくなってくる。 『空だ』 嵬仁丸が呟き、天を仰いだ。 「なんじゃ、あれは?雨雲か?」 「いや、それにしては色が変じゃ」 「形もじゃ」 人足たちが空を指さしながら騒ぎ始めた。 夏の青く晴れ渡った空の彼方から何本かの帯状の物がこちらに向かって近づいてくる。黒や灰色のそれらは境目がくっきりとしていて、明らかに雲ではない。しかも時折その輪郭は伸び縮みしてまるで生きているようだ。 渡り鳥の群れ?しかし彼らは大抵整った陣形を保ちながら飛ぶ。それにこんなに隙間なく密に飛んだりはしない。 人々が皆ぽかんと口を開けて空を見上げている間にどんどん近づいてきたそれらは、やがて佐助たちの真上に来ると空を黒く染め、ゴオオーとうなる音を立てながら渦を巻くように上空を回り始めた。 「鳥じゃ!」 「虫もじゃ!」 確かにそれらは信じられぬほど夥しい数の虫の集団、鳥の集団で、更にそれぞれ雑多な種類が混じり合って飛んでいる。そんなことは通常ではあり得ない。 しかし佐助はそれ以上に、初めて目にする奇妙なものに、自分の目がいよいよおかしくなったかと何度も瞬きをした。 『嵬仁丸様……あの渦の真ん中の影みたいなもんはいったいなんじゃろ?』 上空を回っている帯の中心に浮かんでいる黒い煙のようなもの。巨大な人の形をしたそれが、仁王立ちをしてこちらを見下ろしている。 厳しい眼差しで空を見上げていた嵬仁丸が答えた。 『佐助にはあれが見えるのか……そうか、お前は魂の光も薄っすら見えると言っていたな。あれは……鬼だ。私の……父だ』

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