「ぎゃああああ！」 「助けてくれえ！」 湧きおこる悲鳴や喚(わめ)き声に恐る恐る目を開くと、取り囲んでいた人足や侍たちが無数の虫に襲われ逃げまどっている。 再び威厳のある声がビリビリと辺りに響き渡った。 ーーおごれる愚かな人間どもよ。お前たちは、己(おのれ)が自然における小さな存在でしかないことを、木の葉の一枚と同じでしかないことを今一度思い出せーー まとわりつく虫を必死に払いながら、「天の声か？」「神の声か？」と人々は見えない声の主を探している。 ーー我が息子、嵬仁丸よーー 『父上……私が分かるのですね』 ーー嵬仁丸。長らくお前に閉じ込められていたお陰で、十分に気が満ちた。他の鬼たちは私が連れて行こう。お前は愛するものを護(まも)れーー その言葉が終わらぬうちに、たくさんの鳥がこちらに向かって飛んできた。そしてそれぞれ嘴(くちばし)に咥えている花を次々と嵬仁丸の上に落としてゆく。 梔子(くちなし)、むくげ、百日紅(さるすべり)　 桔梗(ききょう)、野あざみ、のうぜんかずら 立葵(たちあおい)に車輪梅(しゃりんばい)…… 色とりどりの花が嵬仁丸の上に後から後から降り注ぐ。花が嵬仁丸の姿を覆いつくし、小山のようになっても鳥たちは花の雨を降らせ続けた。 飛び回る虫や鳥たちの羽音に混じって、今度はゴゴゴゴという音が響いてきた。続いて足元から振動が伝わってくる。やがてそれは立っていられぬほどの揺れになった。 「じ、地震じゃ！」 このところの揺れとは比べ物にならぬ激しさに、人々のみならず狼たちも怯えてきゅうきゅうと鳴く。 『落ち着け、離れず私の傍にいろ！』 嵬仁丸の一喝で冷静さを取り戻した狼たちが身を寄せ合うように集まった。それだけで、とても心強く感じる。 ビシリッ。 「いったい何事じゃあ！」 「わああ、地割れじゃ！」 地面に大きな亀裂が入った。ビシッ、ビシッ。亀裂はどんどん枝分かれし、地面を裂いてゆく。 「見ろ！城が！！」 途中まで組み上げられた石垣が、盛られた土や組まれた足場を巻き込みながら崩れていく。そして、そのまま激しい轟音と土煙を上げながら土砂と共に川へ向かって一気になだれ落ちていった。