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第104話

三郎が運んできた水を張ったたらいで瓜の汁でべたべたする手や口を洗う少女たちの一人が、目の前の山を指さして聞いた。 「ねえ、おしの婆様。ここら辺りで言われとる鬼の言い伝えの双子山って、この山とその奥の山のことなんじゃろ?」 「ああ、そうじゃよ」 「本当にしろがねの鬼と白い鬼が住んどるん?」 「ちょっと怖いやね。こんなに傍じゃけ、下りてきたりせんじゃろか?」 「ほほ、大丈夫じゃ。わしがここに何十年住んどると思うんじゃ?それに、神社の先には行き来出来んように柵が巡らされておるじゃろ?なにより、ここの鬼さんらは静かな山の暮らしがお好きなんじゃ。人が邪魔だてせんかったら、こっちに来られることはない」 「そんでも、怒ったらえらい恐ろしいんじゃろ?虫を降らせり、山を崩したりするんじゃろ?」 「人を木に変えてしもうたりもするんじゃろ?」 「そうじゃ。心を失ったもんは人に(あら)ずと木に変えなさる。わしらは互いに思いやりを忘れんで助けおうて生きていかねばならんのう。鬼さんだけじゃのうて、この山には狼がようけおって危ないから、決して入ってはいかんよ。家のもんにもよう言うとき」 「はぁい」 「夜に狼たちの遠吠えが里まで聞こえてきよるよね」 「月夜の晩なんて、すごうてちょっと怖いやね」 「さあ、そろそろお帰り。遊んでもええけど、暗うなる前にちゃんと家に帰るんじゃよ」 「はぁい」 「おしの婆様、三郎どん、新吉どん、また明日―」 少女たちは手を振り賑やかに帰っていった。 「ばあさま、おそなえ。きょうは、うり」 三郎がおしのにしょわせた小ぶりの背負子(しょいこ)に、ころんと畑で採れた瓜を入れる。 「ほいほい。ほんなら、わしは行ってくるけえの。留守番、頼んだよ」 杖を突いて立ち上がったおしのに新吉が声を掛ける。 「婆様、気をつけてな。いっくら元気じゃいうても、もう80近いんじゃから」 「ほほ、大丈夫じゃ。毎日のこれがわしの長生きの秘訣じゃって」 「ばあさま、しんきちと、ゆうげ、つくっとる」 新吉と三郎に見送られて、おしのは山に向かって歩き始めた。とても全盲とは思えぬ速さと確かな足取りですたすたと畦道を進み、神社の参道の石段を登っていく。神社に着くと型通りの二礼二拍手一礼をしてさっさと踵を返し、社殿の裏手に回った。

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