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第105話
ひっそりとしてあまり人の立ち入らぬそこには、古ぼけた社殿に比べいくらか新しい木造の小さな祠 があり、すぐ横に小さな縁台が置いてある。おしのは手慣れた様子でそこに腰掛けると、いつものように独り言を始めた。
「今日も穏やかでええ一日でした。そうそう、この夏で新吉を引き取って10年、あの子も14になりました。新吉はほんに頭のええ子でね、小さい頃から機織り機が動くんを飽きもせんとじぃっと見とる子じゃったけども、とうとう三郎と二人で同じもんを作ってしもうて。今、うちの小屋にある機織り機のうち2台はあの二人が作りました。三郎は相変わらずですけども、素直なところと几帳面で決して適当にせんところも変わりません。おかげで材の用意をしてくれた商人 が、あまりの出来栄えにほんまにあの二人だけでこさえたんかと驚いとりましたわ」
おしのは皺だらけの顔に更に皺を刻んで笑う。
「足りんもんがあれば補い合うたらええ。人にはそれが出来るじゃろといつか佐助どんから言われた言葉に背中を押されて、あの二人を引き取りましたが、ほんにその通りでした。はじめこそ『かたわもんが肩寄せおうて』と陰口たたくもんもおりましたが、今ではすっかりわしらは家族じゃし、里一番の織物工房になりました。うちの織物は質がええし新吉が考えた新しい柄織りが珍しゅうて高 う売れると商人からの注文も絶えません。
なにより引き取った頃は他人の言葉にいちいち傷付いとったあの二人が、胸張って生きられるようになりました。
田んぼが暇な時にうちの工房で働いたことが無い女子 はもうほとんどおらんのではないですかの。皆、身近でわしら3人を見るうちにすっかり慣れて、変に情けをかけたり見下したりせんようになります。自分らとわしらには大した違いがないと気付きます。そら、三郎や新吉を捨てるような親、兄弟もまだおりますけど、うちで働いた子らが増え、その子らが育てた子供らが増えていったら、世間は必ず変わってくるとわしは信じとります。じゃから、どうか長い目でこれからも人を見守ってくだされの」
おしのは立ち上がると背負子 から瓜を取り出し小さな祠 の扉を開けた。瓜を供えようとして、中に入っていたものに手が触れる。
「おや?ほほ、これは儂の好物を。明日工房に来た子らにも食べさせてやりますかいの」
顔を綻ばせたおしのの手には、枇杷 が握られていた。
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