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第107話
「嵬仁丸様、そろそろ家に帰ろっか。あ、このまんまでは立てんね」
木にもたれて座っている嵬仁丸の横にしゃがみこむ。嵬仁丸の膝の上には丸くなり尻尾に顔を埋めて眠っている子ぎつねが2匹。
「ほら、そろそろ起きんね。迎えを呼ぶぞ」
子ぎつねの頭を撫でて指笛を吹けば、木立から母ぎつねがすっと姿を現した。母ぎつねがケンケンと鳴いて子を呼ぶと、2匹はむくりと頭をもたげ、小さい口でふぁぁとあくびをして嵬仁丸の膝から飛び降りた。
「気を付けてな」
佐助たちに礼をするように振り返った2匹は、弾むような足取りで母親の方へ駆けて行った。
「では、私たちも帰ろう」と嵬仁丸が微笑む。
あれから嵬仁丸はどこかふっ切れたように見える。死してなお絶大な力を見せつけられ圧倒されてはいたが、父が自分を覚えていたこと、救いの手を差し伸べてくれたこと、つまり、見守られていたのだと知ったことが、嵬仁丸の心を縛っていたものを解いたのかもしれない。
「恨まれてはいなかったのかもしれないが、相変わらず情けない奴だと呆れられたかもしれぬな」と自嘲的に呟いた嵬仁丸に、佐助は言った。
「それは違うんやないかな。嵬仁丸様は人を恨んでもおかしゅうない立場だのに、苦しむ人々が立ち直る手助けを人知れず続けとった。それは怒りに任せて人を殺してしまうことより、ずっとずっと難しいことじゃと思う。それをおっ父様はずっと見てらっさったんでないかな。
きっと嵬仁丸様の中に優しいおっ母様の面影を見つけて嬉しく思うとられたし、里と山の平和を取り戻すために一人で黙々と鬼狩りをし、それをやってのけた嵬仁丸様のことを認めて誇りに思うとられたに違いないよ。だからこそ、助けに来てくらさったんでないかな。その証拠にあんな力があったのならいくらでも出来ただろうに、今回は誰一人殺しておられんよ」
「そうだと……よいな」
あの時の、嵬仁丸のほっとしたような穏やかな微笑を佐助はきっと忘れないだろう。
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