108 / 115

第108話

あの後、嵬仁丸の父も谷の結界に封じていた他の鬼たちもどこかへと消えてしまい、どうなったか分からない。元々嵬仁丸の父は鬼を消し去る力を持っていたというから、「私が連れて行く」という言葉通り、どうにかしてくれたのかもしれない。少なくとも、山の神がもう人々を恨んで彷徨い続けてはいないと信じたい。 この地を襲った大地震がたまたまあの時起きたのか、嵬仁丸の父が引き起こしたのかもわからない。だが、人々はあれは人柱に怒った神の仕業だと口々に言い、あれ以降領主があの地に城を建てることは無かった。 佐助は、鬼の仕業でも神の仕業でも、たまたま崖から石がころんと転がり落ちる程に自然な大地の営みのせいでもなんでもいいと思う。人の力が及ばぬことなどこの世には山ほどあって、そもそも鬼も神も人が理解を超えるものにその時々で便宜上名前を付けているだけだ。佐助や嵬仁丸が鬼と呼んでいたものと、今の人々が恐れている鬼とは別のものだし、もし嵬仁丸の父が地震を起こしたのなら神ではなく鬼の怒りということになる。 そもそも、この世の中で、人の力で出来ることなどたかが知れている。嵬仁丸の父も、人ひとりは木の葉の一枚と同じだと言った。それは、それぞれが小さき存在だということを忘れて、なんでも思い通りになると勘違いをするなということだろう。また同じ種の木の葉が一枚一枚の見分けがつかぬように、人もみな大差なく同じ、それぞれに優劣などないという意味もあったのかもしれない。 確かに木の葉一枚は小さな存在で少し風が吹けばどこかへ飛んで行ってしまうほどに軽い。けれど、木に葉が生い茂りそれがたくさん集まれば、多くの命を育はぐくむ豊かな森になる。せっかく人には他の獣にはない素晴らしい能力があるのだ。それを誰かを傷付けるためにではなく、皆が幸せになれるように使っていけばよいと思う。 いつか人の社会が成熟し、自分と同じではないものも受け入れられるようになったら、山と里との間に張り巡らされた柵を外せる日もやってくるかもしれない。佐助はそんな日が来るのを待っていようと思う。 嵬仁丸と並んで家路を歩きながら、佐助は傾き始めた陽の光に輝く長い髪に目を細める。 「この藤紫の狩衣も嵬仁丸様のしろがねの髪が映えそうじゃ」 「お前は先程、着物を見るのは獣ばかりだと言ったが、そうではないだろう。ふふ、私はお前の着ている物を脱がせるとき、いつもとても楽しいぞ」 「ぶっ……いつまでたっても嵬仁丸様は万年発情期で……。おかげでおらは別の意味で里に下りられんようになったよなぁ。人の歳の重ね方はよう知らんけども、おしのに言わせるとおらはどう見積もっても未だ三十路にしか思えんそうじゃ」 「ふふふ、良いことではないか。では、少しでも長くお前と一緒にいられるよう、今宵もたっぷりと若さの素を注ぎ込まねばな」 悪戯っぽく笑う嵬仁丸を軽く睨んでその頬をつねる。 嵬仁丸の朗らかな笑い声が、こだまのように夕陽を受ける山へ広がっていった。 〈 完 〉 ※一旦完結しましたが、次ページからおまけストーリーを続けます。〈災い〉と〈鬼伝説〉の間の話です。 ぜひ続けてお越しくださいませm(_ _)m

ともだちにシェアしよう!